2015年07月13日
下北沢Ｘ物語（2836）〜戦争経験に端を発する物語�検�
（一）長い間、戦争を巡る旅を続けている。学んだことは為政者の言葉が怪しくなってきたときは国が危ういということだ。大本営発表がその好例だ。戦争末期には、勝敗を逆にしてあたかも日本が勝っているように平然と言い放った。このことから「内容を全く信用できない虚飾的な公式発表」の代名詞になった。昔ではなく現今の大政府発表も戦争末期と似てきていないか？。「放射能の汚染水の影響は完全にブロックされている。」と、これは誰も信じていない。
安全保障法制を巡る議論もかみ合っていない。政府答弁の言葉の軸足が怪しい。野党が「活動エリアが広がるから、自衛隊のリスクは高まるのではないか」と質問する。が、これに対して「リスクは高まる」とは決して言わない。軸足をわざと踏み外し、首相は「なぜ自衛隊がリスクをとって活動をするかといえば、国民のリスクを軽減させるためだ」と答弁する。「自衛隊の海外でのリスクは完全にブロックされている」と言わんばかりだ。とんでもなく危うい。
平和な時は分からない。が、一度銃火が放たれると心身に影響を与える膨大なエネルギーが生まれる。戦況が不利になっても途中で止められない。「為せば成る」という精神性が頭をもたげてくる、メンツや建前が力を持ってくる。最後まで戦えとなる。竹槍一本で戦え、敵が襲ってきたら金玉を蹴り上げよととんでもないことを言い出す。なりふり構わずとことん戦おうとする。特攻作戦もその一つだろう。特攻で死んだ者は戦争犠牲者だとは決して言わない。戦争末期、練習機まで駆り出してこれを敢行している。このことはあまり知られていない。
社会は階梯、順序を構築することで成り立つ。パイロットを養成するには手順がある。いわゆる赤トンボ、初等練習機から始めて、つぎに高等練習機、そして戦闘機へ乗る。が、これらを捨てる、操縦者養成をやめてその飛行機で特攻へ行かせようとした。自暴自棄である。
先の１１日、陸軍桶川飛行場跡を我等の会員四人で訪問した。私は再訪である。戦争取材の過程で松本一中の動員生徒から証言を得た。陸軍松本飛行場での特攻出撃だ。当時二年生の望月照正さんそれを目撃した。
「練習機で行くのか！」
驚いたと言う。キ５５、九九式高等練習機で特攻に出撃していく様を彼はつぶさに語った。こういう例があるのか？あった。昭和二十年四月五日、桶川飛行場からから一二機の特攻機が飛び立っている。その機種は九九式高等練習機である。
最も興味を持ったのはここで語り部をされている柳井政徳さんだ。彼は整備兵として第七十九振武隊に山口県小月飛行場まで搭乗して付き添っていた。ぜひとも話を聴きたいと思ってここを訪れた。
（二）
「柳井さんは、今はもう出ておられないのですよ」
前に伺ったときは八十七歳だと言われた。あれから二年、九十歳に近い。高齢になって引退されたようだ。取材時には彼から詳しく話を聴いた。これは昨年に上梓した『忘れられた特攻兵』に書き記した。今では貴重な証言記録である。
印象深く覚えているのは第二十三振武隊隊長五井芳夫さん話だ。隊長は特攻隊員としては高齢の三十二歳だった。桶川に家があって出撃する前に壬生からここへ飛行機で別れに来ている。整備兵の柳井さんとは顔見知りだ。
「隊長はそこの守衛所で慣れ親しんだ人と将棋を指していったんだよ。そのとき相手が、特攻隊の隊長として行くことになったことを『男子の本懐これに勝るものはありませんね』と言ったんだ。それに対して『馬鹿なことを言うんじゃないよ。俺には女房と、それと可愛い子どもが三人もいるんだよ。好きでいくんじゃないよ』と言ったというんだ…」
この柳井さんの話は鮮明に覚えている。三人の子持ちの父親の率直な感懐だ。この彼の乗機は武剋隊や武揚隊と同じ九九式襲撃機だったという。
松本一中の生徒は練習機で行くことについて驚いていた。柳井さんは、隊員が練習機でいくことについては特段に引け目などは持っていなかったと言っていた。
松本一中の証言者から赤トンボ特攻を目撃したことも聞いていた。調べると海軍では実際にあったようだ。が、陸軍もこれを予定していた。ネットで検索すれば分かる。初等練習機で行くはずだった航空兵の名前の載った名簿がある。振武隊に属する隊員の名がずらりとある。
国家は暴走する。最後は自暴自棄になる。戦争を始めた者は負けが込んでも体裁やメンツは捨てない。それで犠牲になるのは国民である。
（三）
桶川飛行学校跡では語り部の瀬戸山定さん（埼玉県少飛会会長 元通信士伍長・助教）
に話を伺った。八十九歳だという。少飛第１４期生である。戦闘機乗員をめざしていたがいわゆる振り分けで無線通信に回されたという。
「部署というのは送信と受信があるのですよ。私は送信が駄目でしたね。でも受信は得意で、結局受信通信士になりました」
卒業後に水戸でモールス信号や有線通信を学んだという。
「２０年に卒業するはずだったのが繰り上げで１９年の７月２０日で卒業になったのですよ。その後どこに行くかというのが問題でしたね。仲間はどんどん行き先が決まって学校を出て行くのですよ。段々に居なくなるものですから寂しかったですね。それで仲間は南方に出ていって途中で敵の潜水艦に沈められてそこに乗っていた仲間のほとんどが死んでしまいましたね…」
瀬戸山さんは耳が良かった。受信能力に格段に優れていたことで懇願され助教として残されたという。２０年４月に市谷の陸軍航空総軍司令部通信班に配属された。が、例の山の手空襲でやられて大坂に行ってそこで終戦を迎えたという。
「普通の能力を持っていたら南方に行かされていたでしょう。それで戦死しているはずですよ…」
受信能力が優れていることで生き残った。忸怩たるものがあるという。
注記 この記事を御覧になった瀬戸山さんから正確な情報が入ったのでここに追記として書き記しておく。
2015/08/02
昭和１８年３月、東京陸軍航空学校を卒業するに当たり、上級校として水戸陸軍航空通信学校に入校を命ぜられ、同年、４月同行入校。本来ならば航空通信学校で昭和２０年３月まで２年間の教育を受ける予定であったが、戦況の逼迫により昭和１９年７月２０日に急遽繰上げ卒業（サイパン玉砕による）となった。
従って、航空通信学校で教育を受けたのは昭和１８年４月から同１９年７月までの１年三ヵ月である。その間、モールス信号による送受信、暗号の組立・解読、通信所及び電報班勤務、空中線展開・撤収、送信所勤務、電源整備とバッテリー充電・送受信機取扱い・調整・故障排除、等々、通信全般にわたり厳しい訓練を受けた。
座学の方も電気工学・通信学理・交流理論・高周波工学、電波電搬・等、頭の痛い学問も勉強した。
以上申し上げたように、卒業後に学んだのではなく、在校中の１年３カ月で高度の技術を習得したのが事実であう。
柳井政徳さんの言葉を思い出す。
「私もね、こういう話は一切しないで封印して死んでいこうと思ったんですよ。当時を思い起こすと辛いです」
戦争は酷い、コロコロと人は死ぬ。が、生き残った者も終生、生き残ったことへの悔いを持つ。それが戦争なのだと。今、国の指導者は、積極的平和主義という。積極的好戦主義ではないか。戦争への緊張状態を作ってはいけないのだ。
拳を振り上げたら下ろさなくてはならない。そこが難しい。その折には体裁を考える、国体がどう護持されるのか？メンツを考えている間に恐ろしい数の人間が戦死し、爆死した。
（四）
桶川に行ったとき、同行した会員の今井明さんが練習機の水平機を持ってきていた。これを北沢川文化遺産保存の会として「旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会」に寄贈した。これをここに記録として書いておく。（写真、上その機器。下は前に取材したときの柳井政徳さん）
