2015年07月18日
下北沢X物語(2839)〜戦火を潜り抜けた児童楽団〜

(一)東京世田谷下北沢では小田急と井の頭線の二線が交差している。前者をY軸、後者をX軸としてこれを「ひしゃげた座標軸」と形容した現代作家がいる。素晴らしい比喩だ。この鉄道軸の交差が人を価値を、文化を集めた。Y軸には開閉式の踏み切りがあって、開いたり閉まったり、そこをそれぞれの象限にある価値が行き交っていた。文学であったり、絵画であったり、彫刻であったり、そしてまた音楽もあった。その物語の一つが、ミドリバンドの物語である。ハモニカを持った団員の少年は東北沢3号踏切を行き来していた、渋い踏み切りだ。その音楽文化史の眠れる逸話、これを追っている。
「アニー・パイル劇場」、聞いたことがあるだろうか?
お年寄りの多くは知っている。この劇場は、今の東京宝塚劇場である。
ついこの間、この東京宝塚劇場へ行ってみた。終戦後ここは米軍、GHQに接収された。昭和20年(1945)年12月24日からアーニー・パイル劇場 (Ernie Pyle Theatre) と名を変え、占領米軍の慰問施設として使われた。日本人はオフリミット、観客として入場することはできなかった。ところがここで三日間の公演を行った児童楽団がいた。それがミドリバンドである。
アニー・パイル劇場は今となっては伝説の劇場だ。多くの名をなした芸能人がここの関門を通って檜舞台に立っている。素人では出られない。が、ミドリバンドはここでのデビューを果たしている。それも単年度ではない、三年間に亘っている。
「あれはね、本当に驚きでしたね、日本人とは全く反応が違うのですよ。身体で音楽を聴いている感じで、聴き終わるとその反響がすごかったです…」
この舞台に立った経験のある人の証言だ。
「米兵一人は三人前」もあったようだ。席は三千弱、ぎっしりと埋まった兵達がその三倍もいるようだった。バンド演奏が終わると皆スタンディングオーベーション、兵士たちの拍手が鳴りやまなかった。
秘められた逸話だ。このバンドは実は戦前に発足している。代沢小学校に赴任してきた音楽教師が創部した。ところがすぐに戦争が挟まる。が、ここがドラマだ。このバンドはその戦争を潜り抜けてきている。このプロセスこそは物語中の物語だ。それゆえに「音楽文化史の眠れる逸話」だと形容した。掛け値なく、記録をしておくべき価値のあるものだ。
『鉛筆部隊と特攻隊』は、疎開先で歌われた寮歌の歌詞探しが発端となった。近代戦争史の一端がこれで偶然に発掘された。ミドリバンドの物語もこれの調べの過程で発掘したものだ。
資料調査でその演奏は超絶的なものだったとは分かっていた。どう素晴らしいのかかねてから興味を持っていた。ところが偶然その音源が手に入った。
(二)
先だって五月末、下北沢東京都民教会で「戦争経験を聴く会語る会」を開いた。そのときに得た情報がある。
「家にミドリバンドの演奏を録音したものがあります」
会に参加されていた鹿子木さんである。
「えっ!」
驚いた。
「伝説のバンドですよね」
今も語り草になっている。
「小学校低学年のときに初めてこのミドリバンドの演奏を聴きました。体が震えるような強烈な印象ですね、こんなものもあるのかと思いましたよ」
ついこの間、代沢小の学童だったという今井明さんがいっていた。
「その録音したものを貸してください」
私は懇願した。
「いやあ、あることはあるのですけどね、さてこれがどこに行ったものか…」
分かる。あれはどこに行ったのか、そんなものはいっぱいある。
あの駒沢線鉄塔61号下で兵隊たちが記念写真に収まっていた。それを小谷孝さんに借りて複写したはずだ。だが、山をなす資料の間に埋もれていてなかなか出てこない。
「鹿子木さん持って来てくれましたよ」
あれからしばらく経って竹本良一さんから連絡があった。テープが届いたと。
善は急げ、彼に渋谷で会ってじかにこれを受け取った。
「カセットデッキが家になくて聴いていないのですよ」と竹本さん。
「うちもないですね、何とかなると思います。でもカセットというのが気になりますね」
ミドリバンドの活躍は戦後のことだ。まだカセットデッキはない。この中身はなんだろう?
ネット検索で調べると外付けのものが売られていた。再生すればそのままパソコンに取り込める。「これだ!」、クリック一つでその注文品は家に届いた。
(三)
テープは二本あった。何が入っているのかよく分からない。
まず一本目だ。流れてきたのは不思議な音だ。新興宗教のお経か?
「ぎやらわろッぎやらわろッぎやらわろろろろりッ」
何とも奇妙な音だ。誰かが唱えている。
ときに合いの手が入って「どうでしょうか?」と。どうやら聞き手がいて質問をして、聞かれた方は読み上げている。
「自作朗読だ!」
何とまあ分かってみて驚いた。詩人の草野心平の声であった。ラジオを録音したものらしい。そのテープには「代沢バンドその他」と書いてある。が、中身と箱が違う。これもよくある、人生のすれ違いだ。
さて、もう一本だ。「ギガギガグギッ」と音がして、音楽が流れてきた。まず木琴の音だ。
「レコード針の音だ!」
最初の雑音は判定できた。音源はレコードである。それをカセットデッキに録音したものだった。(現在の東京宝塚劇場)
〇第8回駒沢練兵場を歩く

今日7月18日 実施し無事に終了した。最後はキャロットタワー3階の市民活動コーナーでパオハウスで初めての反省会を開いた。16時から18時まで、地勢、歴史、文化、人間、組織などかなり知的な話をして、まるで研究会のようだった。
来年、第9回駒沢練兵場を歩くを実施することに決めた。
先だって五月末、下北沢東京都民教会で「戦争経験を聴く会語る会」を開いた。そのときに得た情報がある。
「家にミドリバンドの演奏を録音したものがあります」
会に参加されていた鹿子木さんである。
「えっ!」
驚いた。
「伝説のバンドですよね」
今も語り草になっている。
「小学校低学年のときに初めてこのミドリバンドの演奏を聴きました。体が震えるような強烈な印象ですね、こんなものもあるのかと思いましたよ」
ついこの間、代沢小の学童だったという今井明さんがいっていた。
「その録音したものを貸してください」
私は懇願した。
「いやあ、あることはあるのですけどね、さてこれがどこに行ったものか…」
分かる。あれはどこに行ったのか、そんなものはいっぱいある。
あの駒沢線鉄塔61号下で兵隊たちが記念写真に収まっていた。それを小谷孝さんに借りて複写したはずだ。だが、山をなす資料の間に埋もれていてなかなか出てこない。
「鹿子木さん持って来てくれましたよ」
あれからしばらく経って竹本良一さんから連絡があった。テープが届いたと。
善は急げ、彼に渋谷で会ってじかにこれを受け取った。
「カセットデッキが家になくて聴いていないのですよ」と竹本さん。
「うちもないですね、何とかなると思います。でもカセットというのが気になりますね」
ミドリバンドの活躍は戦後のことだ。まだカセットデッキはない。この中身はなんだろう?
ネット検索で調べると外付けのものが売られていた。再生すればそのままパソコンに取り込める。「これだ!」、クリック一つでその注文品は家に届いた。
(三)
テープは二本あった。何が入っているのかよく分からない。
まず一本目だ。流れてきたのは不思議な音だ。新興宗教のお経か?
「ぎやらわろッぎやらわろッぎやらわろろろろりッ」
何とも奇妙な音だ。誰かが唱えている。
ときに合いの手が入って「どうでしょうか?」と。どうやら聞き手がいて質問をして、聞かれた方は読み上げている。
「自作朗読だ!」
何とまあ分かってみて驚いた。詩人の草野心平の声であった。ラジオを録音したものらしい。そのテープには「代沢バンドその他」と書いてある。が、中身と箱が違う。これもよくある、人生のすれ違いだ。
さて、もう一本だ。「ギガギガグギッ」と音がして、音楽が流れてきた。まず木琴の音だ。
「レコード針の音だ!」
最初の雑音は判定できた。音源はレコードである。それをカセットデッキに録音したものだった。(現在の東京宝塚劇場)
〇第8回駒沢練兵場を歩く

今日7月18日 実施し無事に終了した。最後はキャロットタワー3階の市民活動コーナーでパオハウスで初めての反省会を開いた。16時から18時まで、地勢、歴史、文化、人間、組織などかなり知的な話をして、まるで研究会のようだった。
来年、第9回駒沢練兵場を歩くを実施することに決めた。



















