2015年07月21日
下北沢Ｘ物語（2841）〜ああ戦争、悲恋、哀恋、忍ぶ恋〜
（一） 男たちは勇壮に行進して戦場に赴く、女たちは白いハンカチを振って彼らを見送る。昭和十八年十月二十一日、明治神宮外苑競技場で出陣学徒壮行会が開催された。学帽を被った男は肩には三八銃、足にはゲートルを巻いていた。「雨が降っていてよ、土はぐちゃぐちゃで、靴の中はぐしょぐしょ、覚えているのは『海ゆかば』の大合唱だなあ。擂り鉢のようなスタンドの中だから反響が大きいんだ。あれを聴いて俺は覚悟を決めたね…」
この学徒出陣式に参加した海軍第十四期予備学生の一人が『戦争経験を語る会、聴く会』で証言した。この学徒出陣式はユーチューブで見られる。グランドには出陣学徒、アルプススタンドは女子学生でびっしり埋まっている。七万人が集まった。
「うみゆかば」の合唱は男と女の声が混ざって競技場全体に響き渡っていた。
あの出陣式は体験した者には思い出深い、雨が降っていた、そして女子学生が大勢詰めかけていた。これは記憶に刻まれるはずだ。出陣学徒は見せる行進をした。異性に対してである。
「あのときスタンドを埋め尽くす女子学生を配置したというのは心憎い策略だねえ、男ははりきるよ。あの『うみゆかば』の歌声なんか男女の声がからまっていたものな」
このように批評していた人がいた。
戦争における異性思慕は軟弱なもの女々しいものとして退けられる。恋や愛は御法度だ。心の中の自由まで奪い取られる。
特攻隊節といわれる「男なら」がある。三番は、「男なら 男なら／ あの娘一人にくよくよするな／花の日本だ 眼（まなこ）を変えて／見ればいずこも 花ざかり／男なら やってみな」だ。
色、色欲を捨てて義に生きよだ。男気が煽られる。
が、人間世界は男と女とがいて成り立っている。異性が、想う人がいるからこそ活力は生まれる。男ばかりの世界、女ばかりの世界だったらこれは生まれないだろう。
印象深く思っている逸話がある。女子挺身隊の一員として彼女は軍需工場で働いていた。あるときその工場のグランドに戦闘機が着陸した。操縦席から降りて来たパイロットは絹のマフラーを巻いていた。彼女が近寄っていくと彼はびっくりしてみつめた。そしてしばらく経って、
「君の髪の毛を触らせてほしい」
突然の申し出だったが彼女は許した。
「女性の髪の毛がこんなに柔らかいというのは初めて知ったよ。俺は明日朝、ここを立つ、飛び立つときに君にもう一度会いたい、どうかここに来てくれ」
翌朝彼女がいくと、その戦闘機は影も形もない。聞くと指令がでて未明に発っていったという。彼女は飛び去った方の空を見遣るばかりだったと。
印象深い話だ。この経験をした人に会って話を聞いてみたいと、世田谷区役所の前にある組織本部に手紙を出したことがあるが返事は来なかった。
さて、ここからが本題だ。１８日の土曜日、駒沢練兵場を巡る街歩きをした。そのとき参加していた山本裕さんから印象深い話を聞いた。
（二）
「ついこの間集まりがあってこんな話を聞いたのですよ」
そんな切り出しで話は始まった。
「その人今は九十歳を過ぎています。学徒動員で軍隊に行かされた人で、美術学校生でした。応召してようやっと兵営から手紙を出す許可がおりたというのです。そのとき、家族ではなく想い人に出した、『帰国したら上野で会おう』という手紙です。これが検閲に引っ掛かってこってり上官らに絞られた、ひどい制裁を受けたたそうなんです。それで軍隊が嫌になったと」
「彼にはそのことが軍隊経験のもっとも苦い思い出だったというのです。その後2年間一切手紙を出しませんでした。戦争が終わってもその恋人とは連絡もつかず、再会もあきらめていたのですが、彼女が結婚して大雄山に住んでいたことがわかり、思い切って訪ねたそうです。伊豆箱根鉄道大雄山線ですね。彼女は二歳の子どもをかかえていました。それでその人が、『出会って彼女は何と言ったと思います？』と皆に話を振ったのですね……。」
どうやらそこが恋物語のポイントのようである。彼は、間をおいた後、こう語った。
「逢ったとたん『今すぐ私を殺して！』と言ったのですよ」
「その言葉以外に何を話したかはすべて記憶にはありません。何時間か経ってその彼女とは駅で別れました。電車が出ると、私は窓から身を乗り出し、駅で手を振る彼女の姿をずっと見ていました。長い直線線路でしたね。彼女の姿段々小さくなって視界から消えたところで、私は泣きましたね…」
（三）
「その人は、この話をずっと心に秘めていたそうです。が、奥さまが認知症にかかり介護の日々を過ごしている今、あのような戦争を二度と起こしてはならないとの思いから、話すことにしたと」
「へぇ、そうなんだ、あれから七十年、・・・・」と私。
「最後は別れるわけなんですけどね。それで大雄山線は頭端式ホームで長いでしょう。その彼女がずっと立っていて見送るわけです…」
終着駅は始発駅、着いたところで劇的な出会い。時は残酷だ。あのときは相思相愛だった。が、戦争が邪魔をして恋は実らなかった。それぞれ別の人生を歩いてきた。そして、二人の逢瀬はやっと叶った。
逢ったとたん、 「殺して！」というのは最高の愛情表現だ。が、何とも酷い、幾ら願っても、あの時間は戻っては来ない。彼女の痛切な思いがこの一語に滲み出ている。
戦争になれば何にも増して公義が尊ばれ、個別の愛はごみくずとして捨てられる。
（上、上野駅。中、駒沢練兵場を巡る、一番後ろにいるのが山本さん、下は、会の米澤邦頼さんがテレビ東京に出て『邪宗門』のコーヒーあんみつを説明しているところ。シモキタ三大名物の一番になったと伝えていた。番組名は「東京ライブ２２時」だ。）
「ついこの間集まりがあってこんな話を聞いたのですよ」
そんな切り出しで話は始まった。
「その人今は九十歳を過ぎています。学徒動員で軍隊に行かされた人で、美術学校生でした。応召してようやっと兵営から手紙を出す許可がおりたというのです。そのとき、家族ではなく想い人に出した、『帰国したら上野で会おう』という手紙です。これが検閲に引っ掛かってこってり上官らに絞られた、ひどい制裁を受けたたそうなんです。それで軍隊が嫌になったと」
「彼にはそのことが軍隊経験のもっとも苦い思い出だったというのです。その後2年間一切手紙を出しませんでした。戦争が終わってもその恋人とは連絡もつかず、再会もあきらめていたのですが、彼女が結婚して大雄山に住んでいたことがわかり、思い切って訪ねたそうです。伊豆箱根鉄道大雄山線ですね。彼女は二歳の子どもをかかえていました。それでその人が、『出会って彼女は何と言ったと思います？』と皆に話を振ったのですね……。」
どうやらそこが恋物語のポイントのようである。彼は、間をおいた後、こう語った。
「逢ったとたん『今すぐ私を殺して！』と言ったのですよ」
「その言葉以外に何を話したかはすべて記憶にはありません。何時間か経ってその彼女とは駅で別れました。電車が出ると、私は窓から身を乗り出し、駅で手を振る彼女の姿をずっと見ていました。長い直線線路でしたね。彼女の姿段々小さくなって視界から消えたところで、私は泣きましたね…」
（三）
「その人は、この話をずっと心に秘めていたそうです。が、奥さまが認知症にかかり介護の日々を過ごしている今、あのような戦争を二度と起こしてはならないとの思いから、話すことにしたと」
「へぇ、そうなんだ、あれから七十年、・・・・」と私。
「最後は別れるわけなんですけどね。それで大雄山線は頭端式ホームで長いでしょう。その彼女がずっと立っていて見送るわけです…」
終着駅は始発駅、着いたところで劇的な出会い。時は残酷だ。あのときは相思相愛だった。が、戦争が邪魔をして恋は実らなかった。それぞれ別の人生を歩いてきた。そして、二人の逢瀬はやっと叶った。
逢ったとたん、 「殺して！」というのは最高の愛情表現だ。が、何とも酷い、幾ら願っても、あの時間は戻っては来ない。彼女の痛切な思いがこの一語に滲み出ている。
戦争になれば何にも増して公義が尊ばれ、個別の愛はごみくずとして捨てられる。
（上、上野駅。中、駒沢練兵場を巡る、一番後ろにいるのが山本さん、下は、会の米澤邦頼さんがテレビ東京に出て『邪宗門』のコーヒーあんみつを説明しているところ。シモキタ三大名物の一番になったと伝えていた。番組名は「東京ライブ２２時」だ。）
