2016年12月22日
下北沢X物語(3183)〜終戦後の下北沢のカラー画像を歩く�検�
(一)戦後に撮られた鮮明な画像を手にしながら街を歩いた。その写真で過去と現在との比較ができた。「焼け残りし街」には方々から音が聞こえ、においも漂ってきた。もちろんそれは想像である。が、我々は不思議な体験をした。過去と現在との往来だ。関連づけるとすれば、萩原朔太郎『猫町』である。この内容は、一種のロードムービー、小旅行体験である。朔太郎は晩年になって当地に越してきた。が、詩人の先鋭な感性はささくれてもきていた。「私はもはや、どんな旅にも興味とロマンスを無くした」と述べている。が、彼はこのころ独自の旅を編み出していた。「あの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶ」という方法だ。まさにこれこそは彼が書いた『猫町』世界そのものだ。この作品は当地を舞台としたものと考えられる。Dr.Austin氏が撮った写真で確認できるが、家並みとか通りの風情には朔太郎時代の面影がいまだに残っている。「Dr.Austin」写真とからめた「シモキタザワ猫町」散歩も面白い。今日は12月22日である。1月21日に行われる「観光メッセ」では「まち歩きコースコンテスト」を募集している。我らの知人や知り合いも応募するとのこと、一つは「下北沢の教会巡り」である。また、今回、NPO法人車椅子社会を考える会の篠原博美さんも「北沢川文学の小道」を車椅子目線でたどれるコースということで申請を考えられていると聞いている。
当方、は『シモキタザワ『猫町』散歩』でエントリーをした。すでに19日に提出し終えた。副題は、
〜 萩原朔太郎の『猫町』を旅する〜
下北沢はシュール小説『猫町』の舞台なのだ!
肝腎かなめは、
「あの夢と現実との境界線を巧みに利用し、
主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。」

眼前、目前にある風景を素材として夢、現の世界を遊ぶという旅である。小説『猫町』にいう、「余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ」て歩いて行く。すると、とある瞬間、「私のよく知ってる、近所のつまらない、有りふれた郊外の町」も忽然に変化する。「ぎょへえ!」。「それはまったく私の知らない何所かの美しい町」に変貌するのである。
私達はこれまでこの猫町散歩を繰り返してきた。その結果、とある瞬間、ある錯覚が襲うということは既に実証済みだ。思うに路地時間と表通り時間とが異なる。ゆったりした路地時間から抜けたとき、往々にして不思議や異変が起こる。路地迷路があってこその話である。
(二)
さて、「シモキタザワ猫町散歩」は、審査側が求めている基準に適合するだろうか?以下の四項目がこれにあたる。
○世田谷区の魅力を味わえる、まちあるきに適した内容か。
○既存コースにとらわれず、あらたなコース・視点となっているか。
○写真や絵を活用するなど、メッセでも掲示を見る方にも配慮し、ビジュアル面も工夫されているか。
○独自の視点(オリジナリティ)があるか。
第一点に関してである。萩原朔太郎は「日本近代詩の父」と言われる。世田谷代田で終演を迎えた。日本で第一級のの詩人の痕跡を訪ねての旅だ。しかも本当かどうかわからない不思議な観光である。日本のどこにもないここでしかできない街歩きだ。
第二点に関してである。『猫町』散歩は、個別的に行ってきた。既存の誰もが知ったコースではない。今あらためて全国に発信するものだ。
視点としては、シュール小説を切り口としている。新しい切り口だ。
第四点に関してである。最後の目的地は代田の丘の61号鉄塔だ。すなわち、萩原朔太郎が居住した痕跡を示すものとして世田谷区地域風景資産に剪定されたものだ。鉄塔詩的観点からの独自の旅である。
なお、『猫町』は昭和十年この鉄塔下の家で書かれた。ゆえに我らは『猫町』のキーステーションとしている。
(三)
先だってのDr.Austin氏の写真を訪ねていく旅で、一番街旧北沢局ポスト前で別の集団に出会った。外国人を案内するためのコース検討会をしているとのこと。通訳ができる人の集団だ。私は、「下北沢文士町」第六版をみなに配り、「シモキタザワ猫町」を宣伝した。
英語バージョンの「シモキタザワ猫町」散歩をぜひみなさんの手で実現してもらいたいと、伝えた。(上の写真に写っているのはその人々だ)
○北沢川文化遺産保存の会会報 第125号、「新年号」について
今のところの予定では、24日午後一時からキャロットタワー三階の市民活動コーナーで印刷をする。二時には世田谷邪宗門、事務局に届ける予定だ。
さて、「シモキタザワ猫町散歩」は、審査側が求めている基準に適合するだろうか?以下の四項目がこれにあたる。
○世田谷区の魅力を味わえる、まちあるきに適した内容か。
○既存コースにとらわれず、あらたなコース・視点となっているか。
○写真や絵を活用するなど、メッセでも掲示を見る方にも配慮し、ビジュアル面も工夫されているか。
○独自の視点(オリジナリティ)があるか。
第一点に関してである。萩原朔太郎は「日本近代詩の父」と言われる。世田谷代田で終演を迎えた。日本で第一級のの詩人の痕跡を訪ねての旅だ。しかも本当かどうかわからない不思議な観光である。日本のどこにもないここでしかできない街歩きだ。
第二点に関してである。『猫町』散歩は、個別的に行ってきた。既存の誰もが知ったコースではない。今あらためて全国に発信するものだ。
視点としては、シュール小説を切り口としている。新しい切り口だ。
第四点に関してである。最後の目的地は代田の丘の61号鉄塔だ。すなわち、萩原朔太郎が居住した痕跡を示すものとして世田谷区地域風景資産に剪定されたものだ。鉄塔詩的観点からの独自の旅である。
なお、『猫町』は昭和十年この鉄塔下の家で書かれた。ゆえに我らは『猫町』のキーステーションとしている。
(三)
先だってのDr.Austin氏の写真を訪ねていく旅で、一番街旧北沢局ポスト前で別の集団に出会った。外国人を案内するためのコース検討会をしているとのこと。通訳ができる人の集団だ。私は、「下北沢文士町」第六版をみなに配り、「シモキタザワ猫町」を宣伝した。
英語バージョンの「シモキタザワ猫町」散歩をぜひみなさんの手で実現してもらいたいと、伝えた。(上の写真に写っているのはその人々だ)
○北沢川文化遺産保存の会会報 第125号、「新年号」について
今のところの予定では、24日午後一時からキャロットタワー三階の市民活動コーナーで印刷をする。二時には世田谷邪宗門、事務局に届ける予定だ。



















