2017年06月05日
下北沢Ｘ物語(3293）−記録：代沢疎開先広丘小六年生の証言−
人の記憶は当てにならない、ささいなことでも覚えのためにその時々の記録をとっておくことは必要だ。故松林宗恵監督は「記録は大事だどんなことでも取っておきなさい」とよく言われた。生前下北沢の映画痕跡を案内してくださった。そのときに配られたレジメに「下北沢駅前のマコト」とあった。我らはこの「マコト」は「マコト」はあったのか、探しまくったが見つからない、しかし、「あった！」その「マコト」、まっことほんとうだった。戦後映画史の一ページを開いた喫茶店であったのだ。つい最近、市民の証言を聞き取る機会があったのでここに記録する。
（一）
「ああ、私は勤労動員で一番印象に残っているのは桑の皮剥作業ですね。何日行ったか分からないのですが、よく行かされました。まず近所の養蚕農家に行って桑の枝を刈り取った束をもらいに行きます。農家によっては集積場所に持ってきてくれる家もありました。皮を剥く作業です、木製のハシゴを横にして立てます。ハシゴの桟の部分を使って皮を剥ぎます。桑の枝は水に浸けてあって柔らかくなっています。桑の表皮の端部を少し剥いてから桟に引っかけて引っ張ると面白いほどに皮が剥けました……代沢小の学童は皮剥を競ってやっていました。剥いだ皮は業者の人が集めに来ていました。『剥いだ皮は兵隊さんの軍服にするんだから一生懸命にやってください』と先生に言われて本当に懸命に剥ぎましたよ」
澤田（旧姓 熊谷）みち子さんは塩尻市郷原の出身だ。昭和二十年当時、広丘国民学校六年生だった。彼女の家は代沢国民学校の学童が疎開していた郷福寺の東二百メートルほどのところにあった。自宅は農家だった。
桑の皮剥は全国各地で行われた。これに学童が動員された。集められた皮は業者が加工して布地に仕立て軍服などが作られたがごわごわと堅く不評だったという。
「勤労奉仕では、よく田の草取りに行きました。田植えのあと、田に生えるヒエなどの雑草を取り除くのですが子どもにはきついですね、『ヒエと田の苗を間違えるな』などと注意されていました。私なんか農家でしたから慣れていますからたいしたことはありません、しかし、疎開の子たちには大変でしたね……」
・勤労奉仕では、神林にある陸軍飛行場に行っていますが、覚えていませんか。この期日まで分かっている。昭和二十年五月十五日と十七日だ。広丘から飛行場までは二里半ほど歩いて向かった。男は土運び、女は木の根っこ掘り。
「ああ、行ったでしょうか、行ったような覚えもあるんですけどね……」
・当時の友達で覚えている人はいませんか？
「六年生の女の子は大塚、近藤、梶さんなどは覚えています」
・戦後になって会ったことはありますか？
「ええ、一度か二度郷福寺に来たときに家に寄っていきましたけどね」
（二）
・昭和二十年十一月に広丘駅から疎開学童は帰っていったでしょう。見送りに行きましたか？
「はい、行きました。別れるときに手を振ったことは覚えていますね。みんな泣いていました……」
十一月六日の夜に広丘駅を発っている。郷原からは上級生が提灯を持って駅まで案内した。
・加藤穂高さんなんて覚えていますか、加藤楸邨の息子さんです？兄弟で郷福寺にいたのですけど
「？」
俳人は、下北沢駅まで息子を迎えに出ている。北口だろう、とすると二人は地下道を潜って改札に出たのだろうか、するとそこに親父がいた。
子供達が帰郷した時、私は駅まで迎えに行ったが、列を組んでくる子供の顔の中から、にこにこした長男、片手に弟の手を曳いている様にぶつかると、ここで始めて戦争が終わったのだと感じた。片手の包みは藷だった。
信濃より藷さげてきし手の霜焼け 加藤楸邨全集 第八巻 講談社
代沢小の帰郷については、篠ノ井線組と中央東線とでは日時が違っていることを今回知った。広丘駅からの帰郷は十一月六日であり、洗馬駅からは十一月一日であった。
・郷原の向こうに篠ノ井線が走っていたでしょう？
「ああ、そうですけどね……」
「塩尻から松本へは下りになっていて滑るように汽車は走っていきますが、上りは大変でしたね、勾配がきついからがっしゃがっしゃとゆっくり上っていく。寺にいて『ああ、上りだなと分かる』、そうすると東京の母や父が思い起こされて、せつなくなってくるんですよね……」
私は、自分の物語を話していた。
（三）
疎開学童から多くの話を聞いてきた。が、現地に住んでいる人から聞くのは初めてだ。澤田みち子さんの息子、佳康さんが代田邪宗門を訪ねた。
「母は、塩尻郷福寺にきていた疎開学童とよく知っています」
『鉛筆部隊と特攻隊』を読んで鉛筆部隊のことを知った。それで一度、北沢川文化遺産保存の会の事務局を訪ねたいと思っていた。彼のお母さんから話を聞くことになったのはこのことが発端だ。今は武蔵野市に住んでおられるという。（写真は広丘小学校、矢花克己さん提供）
・昭和二十年十一月に広丘駅から疎開学童は帰っていったでしょう。見送りに行きましたか？
「はい、行きました。別れるときに手を振ったことは覚えていますね。みんな泣いていました……」
十一月六日の夜に広丘駅を発っている。郷原からは上級生が提灯を持って駅まで案内した。
・加藤穂高さんなんて覚えていますか、加藤楸邨の息子さんです？兄弟で郷福寺にいたのですけど
「？」
俳人は、下北沢駅まで息子を迎えに出ている。北口だろう、とすると二人は地下道を潜って改札に出たのだろうか、するとそこに親父がいた。
子供達が帰郷した時、私は駅まで迎えに行ったが、列を組んでくる子供の顔の中から、にこにこした長男、片手に弟の手を曳いている様にぶつかると、ここで始めて戦争が終わったのだと感じた。片手の包みは藷だった。
信濃より藷さげてきし手の霜焼け 加藤楸邨全集 第八巻 講談社
代沢小の帰郷については、篠ノ井線組と中央東線とでは日時が違っていることを今回知った。広丘駅からの帰郷は十一月六日であり、洗馬駅からは十一月一日であった。
・郷原の向こうに篠ノ井線が走っていたでしょう？
「ああ、そうですけどね……」
「塩尻から松本へは下りになっていて滑るように汽車は走っていきますが、上りは大変でしたね、勾配がきついからがっしゃがっしゃとゆっくり上っていく。寺にいて『ああ、上りだなと分かる』、そうすると東京の母や父が思い起こされて、せつなくなってくるんですよね……」
私は、自分の物語を話していた。
（三）
疎開学童から多くの話を聞いてきた。が、現地に住んでいる人から聞くのは初めてだ。澤田みち子さんの息子、佳康さんが代田邪宗門を訪ねた。
「母は、塩尻郷福寺にきていた疎開学童とよく知っています」
『鉛筆部隊と特攻隊』を読んで鉛筆部隊のことを知った。それで一度、北沢川文化遺産保存の会の事務局を訪ねたいと思っていた。彼のお母さんから話を聞くことになったのはこのことが発端だ。今は武蔵野市に住んでおられるという。（写真は広丘小学校、矢花克己さん提供）
