2017年06月07日
下北沢Ｘ物語(3294）−文士町文学論：疎開出立と帰着を詠んだ詩人二人−
（一）ムラ的集まりではなく、マチ的な文士集団が存在した。前者は文士村、後者は文士町だ。前者の場合は中心となる人がいてその人の下に参集する。後者の場合は人ではなく鉄道である。鉄道交差の利便性から知らぬ間に文士が集まってきている。気づいてみると当人同士は無関係なのに同じ素材を違う角度が詠んでいる。文士町を証明する好例だ。それは歌人であり、俳人だ。いわゆる詩歌である。この根本は「さすらい」だ、余所から流れてきてここに着いた。常に私はいう、鉄道の交差部は四方向からの出会いと、四方向への別れがあると。文士町文学論の根幹でもある。文士町文学の教祖がいる、清水博子だ、文士町のシンボル的な鉄道交差を彼女は「ひしゃげた座標軸」と形容する、文学とは混沌だ、この軸を起点に文学が密かに営まれている。
自身もさすらい人だ、長年さまよい歩いてきた。その中で学童疎開に行き会って、これを追ってきた。この疎開物語はどこと結びつくかは分からない。思いがけないところに結ついて新たなことを知る。
疎開学童と出会った誠第三十一飛行隊、武揚隊のことを調べている。昨日意外なことを知った。どうやらこの隊、出撃するときに機体に描かれていた日の丸を塗りつぶしたらしい。人間はイメージを構築して生きる動物だ、先入観がある。彼らの最期は散華だ、ところが武闘精神をシンボル化した日の丸を消して行ったとすれば刷り込まれた画像が壊れてしまう。しかし、無国籍機に衣替えして行かねばならなかったとは哀れだ。
代沢国民学校、ここの疎開の出発は昭和十九年八月十二日だ。そして帰ってきたのは昭和二十年十一月七日だ。出発時は偶然、歌人の渡部順三が見かけてこれを歌に詠んだ、帰着時はこの様を俳人加藤楸邨が詠んでいる。文士町の文学の一端だ。
（二）
「疎開していた郷福寺にはお風呂がないでしょう。だからみんなお風呂に行っていたのです。寺から二百メートルぐらい行ったところに『渋の湯』という銭湯がありました。そこに並んで行くのですね、そのときにみんな歌をうたっていましたね……」
澤田（旧姓 熊谷）みち子さんはいう、その道に彼女の家はあったらしい。
「都会からきた子供たちは歌がうまかったでしょう？」
彼らのハーモニーの素晴らしさは、文士町の芸術文化と関係してくる。音感の源泉は世田谷代田にあった帝国音楽学校に起因しているのではないか？、
昭和二年、大根畑ににょっきりと建った二階建ての校舎から楽器の音が、美声が聞こえてきた。それは強烈な印象だった。
文士町の音楽的風土に育った彼らは、オルガンにたちまち反応し、歌をみごとに歌いこなす、この歌は人の心を動かす。お寺の本堂から響いてくるその声に現地の子供たちは惹かれた。歌声そのものが都会的であった。
しかし、昭和十九年八月十二日の夜、学校から下北沢へ行くときに歌はでなかった。南口の坂に敷かれた砂利を小さな足が踏んだ。じよりじゃりと聞こえた。このわびしい足音こそ文学の源泉ともなる。通り掛かった歌人がこれを見ていた。
ある日の夜、私の店の前をぞろぞろと小学生の列が通った。灯火管制で前はまっくらであった。先生は提灯で道を照らしながら引率して歩くのである。子供たちは黙々と暗い町をのろのろと歩いていくのだった。
列なして疎開学童の行くさまあわれと見つつ涙ぐみたり
『烈風の中を』 渡部順三 昭和四十六年 東邦出版社
下北沢南口で古書店大地堂を開いていたプロレタリア歌人は疎開の列を見送った。
砂利を踏む音、そして先導の提灯が揺れる。
（三）
先に加藤楸邨のことを記したが、この二人の息子は代沢小学校に通っていた。共に浅間温泉に疎開している。長男の加藤穂高さんは浅間では桐の湯にいて再疎開では郷原郷福寺に行った。桐の湯には浜松から重爆飛龍で飛んできた兵員がよく泊まったと本人から聞いたことがある。
浅間温泉では昭和二十年一月に疎開学童の一人が死ぬという事件があった。このことについて加藤楸邨は子供たちから聞いた話として書き残している。（代沢小の疎開学童）
（資料写真、上、広丘小にて）
「疎開していた郷福寺にはお風呂がないでしょう。だからみんなお風呂に行っていたのです。寺から二百メートルぐらい行ったところに『渋の湯』という銭湯がありました。そこに並んで行くのですね、そのときにみんな歌をうたっていましたね……」
澤田（旧姓 熊谷）みち子さんはいう、その道に彼女の家はあったらしい。
「都会からきた子供たちは歌がうまかったでしょう？」
彼らのハーモニーの素晴らしさは、文士町の芸術文化と関係してくる。音感の源泉は世田谷代田にあった帝国音楽学校に起因しているのではないか？、
昭和二年、大根畑ににょっきりと建った二階建ての校舎から楽器の音が、美声が聞こえてきた。それは強烈な印象だった。
文士町の音楽的風土に育った彼らは、オルガンにたちまち反応し、歌をみごとに歌いこなす、この歌は人の心を動かす。お寺の本堂から響いてくるその声に現地の子供たちは惹かれた。歌声そのものが都会的であった。
しかし、昭和十九年八月十二日の夜、学校から下北沢へ行くときに歌はでなかった。南口の坂に敷かれた砂利を小さな足が踏んだ。じよりじゃりと聞こえた。このわびしい足音こそ文学の源泉ともなる。通り掛かった歌人がこれを見ていた。
ある日の夜、私の店の前をぞろぞろと小学生の列が通った。灯火管制で前はまっくらであった。先生は提灯で道を照らしながら引率して歩くのである。子供たちは黙々と暗い町をのろのろと歩いていくのだった。
列なして疎開学童の行くさまあわれと見つつ涙ぐみたり
『烈風の中を』 渡部順三 昭和四十六年 東邦出版社
下北沢南口で古書店大地堂を開いていたプロレタリア歌人は疎開の列を見送った。
砂利を踏む音、そして先導の提灯が揺れる。
（三）
先に加藤楸邨のことを記したが、この二人の息子は代沢小学校に通っていた。共に浅間温泉に疎開している。長男の加藤穂高さんは浅間では桐の湯にいて再疎開では郷原郷福寺に行った。桐の湯には浜松から重爆飛龍で飛んできた兵員がよく泊まったと本人から聞いたことがある。
浅間温泉では昭和二十年一月に疎開学童の一人が死ぬという事件があった。このことについて加藤楸邨は子供たちから聞いた話として書き残している。（代沢小の疎開学童）
（資料写真、上、広丘小にて）
