2017年06月08日
下北沢Ｘ物語(3295）−文士町文学論：疎開出立と帰着を詠んだ詩人二人�供�
（一）清水博子は街を「ひしゃげた座標軸」（『街の座標』）と形容した。小田急線と井の頭線が交差する形状をシンボル化したものだ。記号化されたゆがんだXを想起すると「頭蓋骨を締めつけてくる」そうだ。興味深い症状だ。明大前で井の頭線と京王線もやはり交差しているが、それは十字形で美しい、これを思い浮かべても苦しくなることはない、ところが、いびつなXは思い浮かべるだけで頭痛がしてくる。素晴らしい街論である、そうゆがみやたわみに数多く秘密が埋まっている、ついこの間、仲間からメールをもらった。今回の同窓会だよりに書いたのですが、私は担任されたことないのですが、旧姓大西先生と言う方が昨年亡くなられました。そのことを知らせてくれた同窓生が渡辺（大西）先生の父親は特攻隊生みの親の大西瀧治郎だと教えてくれました。３期下の彼は先生の家に遊びに行った時大きなお仏壇があったと話してくれました。いろいろな話がうまっています。
発信者は及川園子さん、北沢小の出身者だ。これによると北小には大西先生という人が勤めておられた。その方が亡くなられたらしい。父親は大西瀧次郎だという。先生の家に遊びに行ったときにびっくりするほど大きい仏壇があったという。大西瀧次郎海軍中将は、「特攻隊は国が敗れるときに発する民族の精華」言ったという。特攻の生みの親と言われる。その彼は、昭和二十年八月十六日、終戦の翌日「渋谷南平台町の官舎にて遺書を残し割腹自決した」、その彼の住まいが北沢小学区内にあった。どこだろう？
特攻因縁は他にもあった。昭和十九年十月二十日、マニラの第一航空艦隊長官に着任した大西瀧治郎によって最初の神風特別攻撃隊に訓示と命名式が行われた。それは「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」である。この敷島隊の隊長が関行男である。
「特攻第一号の関行男は、この一番街の裏手の野屋敷に家があった、有名な話だよ」
秋元金物店の主人にだいぶ前に聞いたがその家がどこにあったか分からない。
戦争陰影は、この辺りにこっそりと存在している。硫黄島指令長官だった栗林忠道中将はやはり野屋敷に住んでいた。またすぐ近くの長屋では東条英機夫人がひっそりと亡くなったと聞いている。
（二）代沢国民学校の疎開学童は昭和二十年十一月七日に下北沢駅に着いた。
「やっぱりな、ここに戻ってくると鉄粉のにおいがするんだよな」
ブレーキシューから飛び散る鉄粉で軌道は赤さびていた。上の井の頭線からも下の小田急線からも電車が着く度に鉄粉が散る。
彼らはホームに降り、地下道を潜って北口改札を出た。出たときと帰ってきたときでは大違い、駅前広場はにわかづくりのバラックで埋まっていた。闇市ができていた。
子供達が帰郷した時、私は駅まで迎えに行ったが、列を組んでくる子供の顔の中から、にこにこした長男、片手に弟の手を曳いている様にぶつかると、ここで始めて戦争が終わったのだと感じた。片手の包みは藷だった。
信濃より藷さげてきし手の霜焼け 加藤楸邨全集 第八巻 講談社
疎開帰着の情景が俳人によって詠まれている。出かけるときはやはりここで見送った。子供たちが去って行くとき親は火が点いたように子供の名を口々に叫んだ。
もしかしたらもうこのままで生き別れとなるのではないかと親は思った。しかし、無事の帰着は嬉しい。家庭の平和が戻って戦争が終わったことが実感されたという。疎開学童帰着の句である。
提灯に道照らされて行く今日を君等は永く忘れざるべし
これは昭和十九年八月十二日夜に代沢国民学校の学童らが下北沢駅へ向かう様子を描いたものだ。プロレタリア歌人渡辺順三だ。
疎開出発は、背負ったリュックに不安を膨らませて行った。が、帰ってきたときはリュックは村人にもらったお土産ではち切れそうだった。
（三）
加藤楸邨と渡辺順三とでは文学の系譜が異なる、顔を合わせるということはなかったろう。しかし、駅は利用した。前者は、下代田の家の傍にあった大欅の虎落笛に誘われて隠岐への旅に出た。同じ頃、渡辺順三は下北沢から電車に乗って厚木方面に買い出しに行っている。相模原で増結した車両に乗ると、陸軍中将が乗り込んできた。駅員が持ってきた座布団の上にどかりと座った。それを見てこう思った。
厚顔無恥というか、無神経というか、私はその中将の顔を穴のあくほど眺めていた。しかしこれが当時の大部分の高級軍人の態度であった。国民の苦しみなど彼らの眼中になかった。 『烈風の中を』 渡辺順三 昭和四十六年 東邦出版社
（写真は、浅間温泉で撮ったもの、座学では旅館を移動したその一コマだ）
「やっぱりな、ここに戻ってくると鉄粉のにおいがするんだよな」
ブレーキシューから飛び散る鉄粉で軌道は赤さびていた。上の井の頭線からも下の小田急線からも電車が着く度に鉄粉が散る。
彼らはホームに降り、地下道を潜って北口改札を出た。出たときと帰ってきたときでは大違い、駅前広場はにわかづくりのバラックで埋まっていた。闇市ができていた。
子供達が帰郷した時、私は駅まで迎えに行ったが、列を組んでくる子供の顔の中から、にこにこした長男、片手に弟の手を曳いている様にぶつかると、ここで始めて戦争が終わったのだと感じた。片手の包みは藷だった。
信濃より藷さげてきし手の霜焼け 加藤楸邨全集 第八巻 講談社
疎開帰着の情景が俳人によって詠まれている。出かけるときはやはりここで見送った。子供たちが去って行くとき親は火が点いたように子供の名を口々に叫んだ。
もしかしたらもうこのままで生き別れとなるのではないかと親は思った。しかし、無事の帰着は嬉しい。家庭の平和が戻って戦争が終わったことが実感されたという。疎開学童帰着の句である。
提灯に道照らされて行く今日を君等は永く忘れざるべし
これは昭和十九年八月十二日夜に代沢国民学校の学童らが下北沢駅へ向かう様子を描いたものだ。プロレタリア歌人渡辺順三だ。
疎開出発は、背負ったリュックに不安を膨らませて行った。が、帰ってきたときはリュックは村人にもらったお土産ではち切れそうだった。
（三）
加藤楸邨と渡辺順三とでは文学の系譜が異なる、顔を合わせるということはなかったろう。しかし、駅は利用した。前者は、下代田の家の傍にあった大欅の虎落笛に誘われて隠岐への旅に出た。同じ頃、渡辺順三は下北沢から電車に乗って厚木方面に買い出しに行っている。相模原で増結した車両に乗ると、陸軍中将が乗り込んできた。駅員が持ってきた座布団の上にどかりと座った。それを見てこう思った。
厚顔無恥というか、無神経というか、私はその中将の顔を穴のあくほど眺めていた。しかしこれが当時の大部分の高級軍人の態度であった。国民の苦しみなど彼らの眼中になかった。 『烈風の中を』 渡辺順三 昭和四十六年 東邦出版社
（写真は、浅間温泉で撮ったもの、座学では旅館を移動したその一コマだ）
