2017年06月16日
下北沢Ｘ物語(3300）−宮脇俊三と北沢４の３５４�供�
（一）『時刻表昭和史』には感動の核がある。宮脇俊三にとっては昭和は戦争の時代だった、家々が焼かれ、人々も多くの被害を蒙った、親や子を亡くした人も何人もいた。忘れがたい時代だった、そんな困難な中で鉄道はめげずに動いていたというのが彼の大きな感動だ。三月十日、東京大空襲のとき彼は北沢の家にいた。頭上にはB29の群れが、これまでにない低空で、つぎつぎに現れ、探照灯を浴びながら東へゆっくりと旋回していた。低空を飛ぶ、B29は、冬空を高高度で飛んでいた銀一点のそれとはちがって、怪鳥のように大きかった。しかも後から後から絶え間なく、轟々とやって来た。ちょっと途切れてホッとすると、すぐまた新しいB29が続々と現れた。それはもはや「お客さん」ではなかった。やっぱり東京を焼く気か、と私は思った。
宮脇俊三 鉄道紀行全集２ 『増補版 時刻表昭和史』 角川書店
まず、事実として言えることは上空がB29の通り道だったことだ。いわゆる中央線コースだ。富士をめがけて北上し、回り込んで中央線沿いに東へ向かう。その飛行ルートに当たっていたのが世田谷だ。
当初は、高高度で飛んでいたが地上高射砲隊の貧弱さを知って、この日は始めて超低空で飛んできた。北沢の丘からその機影がはっきりと見えた「怪鳥のように大きかった」というのは実感だ。その高度は、「1600–2200メートル程度の超低高度」であったという。
「冬空を高高度で飛んでいた銀一点」というのはこれは昭和十九年十一月一日のことだ。宮脇俊三もこれを見ていた。北沢の家で見ていたのだろうか。彼の家の隣に住む立川繁さんが銀一点のことを書いている。目撃した日の夜に疎開先の子供にハガキで知らせている。
今日東京には敵の空襲があったがたった一機でそれに爆弾も落とさなかった。とても高いところを飛んで居た。大凡七、八千メートルも高い所で、富士山の二倍半もある高さだったが飛行機が大きいのでよく見えた。父も羽田の上を飛ぶのを見た。発動機が四つあって飛行機雲が四本出来た。非常によく晴れてゐたよ。ポスターは一生懸命に心配しているがむつかしいよ。
東京中を震撼させたB29の初来襲だ、いわゆる偵察機だ、精密なカメラを積載し東京をくまなく撮影し、これが東京を二次に亘って空襲するときの基本情報となった。
（二）
日頃の荏原逍遙では下馬はよく通る。現今の学芸大学附属高校のあるところだ。昨日も通った、東京第一師範附属国民学校はここにあった。この学校も浅間温泉に疎開している。宮脇俊三の「略年譜」
昭和十一年（一九三六）二月（九歳）、二・二六事件。大雪の中を学校に行ったが、休校。四月青山師範が世田谷に移転し、井の頭線と東横線を渋谷で乗り継いで通学。学校からの帰り道では二人の友達と東海道本線の駅名を東京から順に言い合う遊びをした。
この時の友達が文章を書いている。
学校は青山にあったが、四年生のときにまで田園の風情の残る世田谷の下馬に全校をあげて引っ越した。ほとんど全員が電車通学になって、東横線の学芸大学へ出る組と、玉川線の三軒茶屋組に分かれる。宮脇君と私は東横線組で、亡くなった文芸評論家の奥野健男君も一緒に帰った仲間だった。駅までこどもの足では遠い。単調な田園の中を抜けてゆくのは退屈だ。そこでいろいろな遊びをする。
宮脇俊三鉄道紀行全集 第六巻 月報 小学生時代と宮脇俊三君 田村 明
学芸大附属は東横線と新玉川線の間にある、学校は下馬通りに面していて渋谷行きのバスが通っているが、高校生はやはりかつてと同じように学大か三茶に徒歩で出ている。学校から学大駅まではだいぶある。今は下馬六丁目のお屋敷街を通る、当時は畑だった。ちょうどここに駒沢の第二のダイダラボッチと推定しているところがあって自分ではよく通る。彼らは鉄道各線の駅を「代わる代わる」に言う遊びをして行ったという。が、東横線に乗るという楽しみがあった。
東横線は渋谷までノンストップの急行がある。急行にはときどき流線型のガソリンカーが来る。ちょっと鼻先を傾斜させただけなのだが、当時の電車はすべて四角い箱形に決まっていていたから感激である。一般車両は緑色なのに、こちらは他には見られなかったツートンカラーだ。ガソリンカーが来るのが待ち遠しくて、宮脇君とわざわざ待って乗った。（引用同上）
（三）
近代とは何か、根本は変化だ。しかし、その変化に感動が伴わなくなった。その点、自分では素晴らしい時代を生きた。原野的な原風景が随所にあってそこに何かの建物が建ったり、構造物ができたり、新しい車両が出現したりと、変化の処女性を楽しめた。
この田村明さん、その感動を語っている。池の上の新築の家によく寄り道したそうだ。
当時の井の頭線は帝都電鉄という会社で、営業開始は昭和八年。第二次大戦前の東京に生まれた最新の私鉄である。新しい路線に乗るのは楽しい。渋谷を出て、いきなりトンネル、神泉駅も半分がトンネルの中。すべてが神泉だった。
学大、第一師範駅から渋谷を経由して、帝都線に乗り換えて池の上まで、小学生には冒険の毎日だった。このラインは自分でもよく知っている、言えば淀橋台地をあっちいきこっちいきするる地形ドラマが体験できる路だった。（現、学芸大学附属高校正門）
日頃の荏原逍遙では下馬はよく通る。現今の学芸大学附属高校のあるところだ。昨日も通った、東京第一師範附属国民学校はここにあった。この学校も浅間温泉に疎開している。宮脇俊三の「略年譜」
昭和十一年（一九三六）二月（九歳）、二・二六事件。大雪の中を学校に行ったが、休校。四月青山師範が世田谷に移転し、井の頭線と東横線を渋谷で乗り継いで通学。学校からの帰り道では二人の友達と東海道本線の駅名を東京から順に言い合う遊びをした。
この時の友達が文章を書いている。
学校は青山にあったが、四年生のときにまで田園の風情の残る世田谷の下馬に全校をあげて引っ越した。ほとんど全員が電車通学になって、東横線の学芸大学へ出る組と、玉川線の三軒茶屋組に分かれる。宮脇君と私は東横線組で、亡くなった文芸評論家の奥野健男君も一緒に帰った仲間だった。駅までこどもの足では遠い。単調な田園の中を抜けてゆくのは退屈だ。そこでいろいろな遊びをする。
宮脇俊三鉄道紀行全集 第六巻 月報 小学生時代と宮脇俊三君 田村 明
学芸大附属は東横線と新玉川線の間にある、学校は下馬通りに面していて渋谷行きのバスが通っているが、高校生はやはりかつてと同じように学大か三茶に徒歩で出ている。学校から学大駅まではだいぶある。今は下馬六丁目のお屋敷街を通る、当時は畑だった。ちょうどここに駒沢の第二のダイダラボッチと推定しているところがあって自分ではよく通る。彼らは鉄道各線の駅を「代わる代わる」に言う遊びをして行ったという。が、東横線に乗るという楽しみがあった。
東横線は渋谷までノンストップの急行がある。急行にはときどき流線型のガソリンカーが来る。ちょっと鼻先を傾斜させただけなのだが、当時の電車はすべて四角い箱形に決まっていていたから感激である。一般車両は緑色なのに、こちらは他には見られなかったツートンカラーだ。ガソリンカーが来るのが待ち遠しくて、宮脇君とわざわざ待って乗った。（引用同上）
（三）
近代とは何か、根本は変化だ。しかし、その変化に感動が伴わなくなった。その点、自分では素晴らしい時代を生きた。原野的な原風景が随所にあってそこに何かの建物が建ったり、構造物ができたり、新しい車両が出現したりと、変化の処女性を楽しめた。
この田村明さん、その感動を語っている。池の上の新築の家によく寄り道したそうだ。
当時の井の頭線は帝都電鉄という会社で、営業開始は昭和八年。第二次大戦前の東京に生まれた最新の私鉄である。新しい路線に乗るのは楽しい。渋谷を出て、いきなりトンネル、神泉駅も半分がトンネルの中。すべてが神泉だった。
学大、第一師範駅から渋谷を経由して、帝都線に乗り換えて池の上まで、小学生には冒険の毎日だった。このラインは自分でもよく知っている、言えば淀橋台地をあっちいきこっちいきするる地形ドラマが体験できる路だった。（現、学芸大学附属高校正門）
