2017年06月22日
下北沢Ｘ物語(3304）−疎開引き揚げ帰着の考察−
（一）代沢校の疎開学童、下北沢駅からの出発は昭和十九年八月十二日十時過ぎだった。帰りは何時だったのか。この小さな歴史的事実というのは自分の物語風景としては重要な部分だ、「提灯に先導されて学童たちが南口の坂を上って駅に向かっていきますね。そしていよいよ電車が出るというときに見送りの親たちが火の出るような声で我が子の名前を叫びますね。あの場面には涙しました」、そんな感想を聞いた。旅立ちの情景があれば、帰着風景もある、それで疎開物語も完結する。いつ帰ったのか、
「去年の十一月七日に東京へ帰りました」と疎開から帰った立川裕子さんが友人の木村みどりさんに手紙を出している。この手紙が残っているのは宛先不明で戻ってきたからだ。
その木村みどりさんは、満州からの引き上げ途中だった、難行苦行、飢えの苦しみ、ソ連兵から暴行の恐怖、盗賊集団から襲われる危険、そんな中を必死に日本に帰ろうとしていた。この木村みどりさんは、青森県に住んでいる。偶然に『鉛筆部隊と特攻隊』を読んだ。すると驚いたことに自分宛の手紙がここに載っていた。このことから彼女は出版社に連絡を取り、私と結びついた。彼女の苦難の脱出行は『芙蓉の花―北朝鮮引揚げの記録』（天内みどり著 近代文芸社）に詳しく書き記されていた。
この話辿っていくと陸軍獣医学校の話に繋がる。彼女のお父さんがここに勤めていたことから代沢校区に住んでいた。父は獣医師として満州にいたことから当地へ渡った。悲惨な逃避行である、彼女は常に青酸カリを携え事があれば飲む、十二歳の少女は覚悟を決めていた。
代沢校の疎開学童は、昭和二十年十一月七日に東京に引き上げてきた。これについては大いなる勘違いをしていた。発駅の広丘駅を六日夜に発って翌日七日朝に着いたと思っていた。しかし、これは昼間の列車だということが分かった。
（二）
昭和二十年十月十三日づけで北沢四ノ三五三から出された手紙がある。父の立川繁さんが娘の裕子さんに出したものだ。
裕子よ いよいよ疎開復帰の期日が決定されたね。代沢校は十一月一日と七日とになった由、新聞に出てゐる。〜中略〜
十一月一日夕方五時五分とかに新宿駅に着くのだといふから昼間の汽車で途中の紅葉が綺麗なのが見られて結構だね、藷のお弁当をかぢりながら汽車の中からの紅葉見学も悪くないね。同級生の修学旅行のやうで楽しいことだらうね。
夜行ではなくて昼行列車だった。村の子供たちは当日、広丘村郷原から彼らを送って駅まで行った。事実認識の誤りから提灯に先導されて駅まで向かったと著書では書いていたがこれは誤りだ。
戦争中は、昼間艦載機によって列車が襲撃を受けることがあった。しかし、もう戦争は終わった米軍戦闘機に襲われることはない。真っ昼間、疎開学童列車は走れるようになっていた。
昭和二十年十一月一日、疎開学童は六時前に下北沢駅に着いた。下りホームの地下道を潜り北口改札から出ると、「さっちゃん」、「あけみちゃん」、「はやおくん」という声が飛んだ、今度の出迎えの声は、喜びに満ちていた。
（三）
代沢校の疎開引き上げは二通りあった。篠ノ井線組は十一月一日だった。これは松本発の新宿行きだった。
もう一つ、中央西線組があった。これは洗馬駅からの引き上げた。真正寺学寮、興�六�学寮、長興寺学寮は、夜道を、こちらは提灯に先導され洗馬駅に向かった。そして夜の八時半に汽車は発った。夜行新宿行きだ。よって一行が解散地の下北沢駅に着いたのは二日の朝である。
当夜の別れは悲しいものだった。
学童たちは、列車に乗り込んだ。笛がピリリと鳴った。するとそれに応えて蒸気機関車はぽぉぉぉぉぉぉぉと汽笛を鳴らした。山々にこれがこだまする。がったんと動き始める。
窓からは一斉に手が振られる。駅ホームには提灯を持った地元の学童が、「さよなら」、「さようなら」といって提灯を振る。返すわかれのことばは、これも「さようなら」、「さようなら」もうこれは泣き濡れている。
かたたん、とたとん、列車過ぎていく、そして赤いテールランプが尾を引いて山の向こうに消えた。そして遠汽笛が鳴る。列車が行った方を村の子供はいつまでも見ていた。
昭和二十年十月十三日づけで北沢四ノ三五三から出された手紙がある。父の立川繁さんが娘の裕子さんに出したものだ。
裕子よ いよいよ疎開復帰の期日が決定されたね。代沢校は十一月一日と七日とになった由、新聞に出てゐる。〜中略〜
十一月一日夕方五時五分とかに新宿駅に着くのだといふから昼間の汽車で途中の紅葉が綺麗なのが見られて結構だね、藷のお弁当をかぢりながら汽車の中からの紅葉見学も悪くないね。同級生の修学旅行のやうで楽しいことだらうね。
夜行ではなくて昼行列車だった。村の子供たちは当日、広丘村郷原から彼らを送って駅まで行った。事実認識の誤りから提灯に先導されて駅まで向かったと著書では書いていたがこれは誤りだ。
戦争中は、昼間艦載機によって列車が襲撃を受けることがあった。しかし、もう戦争は終わった米軍戦闘機に襲われることはない。真っ昼間、疎開学童列車は走れるようになっていた。
昭和二十年十一月一日、疎開学童は六時前に下北沢駅に着いた。下りホームの地下道を潜り北口改札から出ると、「さっちゃん」、「あけみちゃん」、「はやおくん」という声が飛んだ、今度の出迎えの声は、喜びに満ちていた。
（三）
代沢校の疎開引き上げは二通りあった。篠ノ井線組は十一月一日だった。これは松本発の新宿行きだった。
もう一つ、中央西線組があった。これは洗馬駅からの引き上げた。真正寺学寮、興�六�学寮、長興寺学寮は、夜道を、こちらは提灯に先導され洗馬駅に向かった。そして夜の八時半に汽車は発った。夜行新宿行きだ。よって一行が解散地の下北沢駅に着いたのは二日の朝である。
当夜の別れは悲しいものだった。
学童たちは、列車に乗り込んだ。笛がピリリと鳴った。するとそれに応えて蒸気機関車はぽぉぉぉぉぉぉぉと汽笛を鳴らした。山々にこれがこだまする。がったんと動き始める。
窓からは一斉に手が振られる。駅ホームには提灯を持った地元の学童が、「さよなら」、「さようなら」といって提灯を振る。返すわかれのことばは、これも「さようなら」、「さようなら」もうこれは泣き濡れている。
かたたん、とたとん、列車過ぎていく、そして赤いテールランプが尾を引いて山の向こうに消えた。そして遠汽笛が鳴る。列車が行った方を村の子供はいつまでも見ていた。
