2017年06月30日
下北沢Ｘ物語(3309）−坂道論：境界結界魔界＆行人坂−
（一）土が反り返ったところが坂だ、平坦な道で人は警戒しない、が、坂では気を抜かない、心身の安定性を失うからだ。それでつい登り切ると安心して手向けの神に手を合わせる、やはり坂は結節点、結界だ、すなわち「特殊なエネルギーを保持した神秘空間としての界」である。人間と坂の関係は斜度で決まってくる、斜度が強ければ強いほど人間の畏怖の念は増してくる。険しい坂を越えて彼岸に達する。近代は、これら坂道、峠道との闘いだった、険しい関門を越えることで古代を克服できた。明治初期には、至る所に魑魅魍魎が住んでいた。近代の機械がこれに難渋したことは忘れられている。以前、峠を調べ、「峠の鉄道物語〜天険鉄道伝説〜」（JTB)にまとめた。天険とは二大難関峠、箱根峠であり、碓氷峠である。機械近代はこの峠を克服する。が、一筋縄ではいかない、すみかを追われた狐狸が鉄道を襲ってきた。この狐狸との闘いであった。これら化け物を鎮めることによってようやく平穏を取り戻した。旧箱根第二号トンネルの上に祀られているのは「線守神社」である。wikiはこれを記事に載せているが「峠の鉄道物語」を参考文献としてあげている。
難関は峠だけではない、坂もそうである。今ではこれらは名所として残っているに過ぎない。が、ついこの間までは、明瞭な境界であり、結界であった。国木田独歩は『武蔵野』を論じて、「東京はかならず武蔵野から抹殺せねばならぬ」と言う。そしてこう述べる。
しかしその市の尽つくる処、すなわち町外はかならず抹殺してはならぬ。僕が考えには武蔵野の詩趣を描くにはかならずこの町外れを一の題目とせねばならぬと思う。たとえば君が住まわれた渋谷の道玄坂かの近傍、目黒の行人坂、また君と僕と散歩したことの多い早稲田の鬼子母神あたりの町、新宿、白金……
『武蔵野』 岩波文庫
東京という都市の辺境こそはまさに武蔵野であるという。坂は道玄坂、行人坂である。坂ベストテンというのはあるのだろうか。調べてみるとあった。一位は、「八幡坂 北海道函館市」だった。二位以下にこれは入っていない。が、近代の難関坂といえば必ず入ってくるの道玄坂、行人坂だろう。そして何といっても坂道ベストワンは「行人坂」だろう。
魔界伝説行人坂だ、実際に『行人坂の魔物』という町田徹のノンフィクションもある。
（二）
文化探訪でふと気づくことはよくある。最近気づいたのは、氷川坂と行人坂は繋がっていたとことだ。個人的な驚きがあった。氷川坂は家のすぐそばにあるからである。二つの坂は、古道二子道で繋がっていた。この道は、呑川左岸を辿って、氷川神社で直角に曲がり川を渡って坂にかかる、それが氷川坂だ。
氷川神社は、旧武蔵国荏原郡衾村の鎮守である。明治の昔、ここからガタクリ馬車が出ていた。
これは氷川神社のから目黒の長嶺まではまいりませんで、目黒川の新橋のところまで行っていたのを記憶しています。水谷という人が経営していたのですが私共も株主です。
『目黒の古老にきく』 古老座談会記録 昭和五十七年 目黒区守屋教育会館発行
新橋は目黒川を渡る橋のことだ、ここから急峻になって権野助坂にかかる。馬車は、目黒川左岸の坂を登れない。それでここが終点となった。権野助坂は有名だ、しかし、これが開かれるまで、江戸と目黒とを結ぶ道は行人坂であった。こちらはあまりにも急で荷運びや人の行き来では苦労があったことから新坂を設けた、これが権野助坂だ。
行人坂については、由来があって、坂には目黒区と雅叙園の由来碑がある。
行人坂
行人坂の由来は大円寺にまつわるもので、寛永年間(1624)このあたりに巣食う、住民を苦しめている不良のやからを放逐する為に、徳川家は奥州(湯殿山)から高僧行人「大海法師」を勧請して開山した。その時不良のやからを一掃した功で、家康から「大円寺」の寺号を与えられた。当時この寺に「行人」が多く住んでいた為、いつとはなしに江戸市中に通じるこの坂道は行人坂と呼ばれるようになった。
目黒雅叙園
まず坂には不良が巣くっていた。これは事実であろう、道玄坂も山賊野盗をしていたという道玄の名にちなむ。
坂は営利的な場、稼げるである。とくに荷車が急坂を越えるのに難渋する、それで付近には「押し屋」がたむろしていた。彼らは示し合わせて賃料をつり上げ、高い金を巻き上げていた。そういうやからが巣くう場が坂である。放っておくと治安が悪くなる幕府としても無視はできない。それで彼らを駆逐するために僧坊を設けた。
湯殿山は修験道の場として知られている。屈強な彼らを連れてきて、たちまちに坂にたむろする不良をやっつけた。坂ならでの話である。
（三）
坂の物語、坂の歴史は終わらない。湯殿山系列の「大円寺」、行人が多く住んだ。普通の僧であれば、お経を唱えて修行する、が、山伏系の僧侶たちはそれでは満足できない。坂は鍛錬の場であったのだろう、上り下りして体を鍛えたのではないか。しかし、野山を自在に駆け回っていく彼らには十分な満足ができなかったのではないか。そのストレスからか、とんでもない事件が起こる。まさかの坂物語だ。
（上、今日の行人坂、下、氷川坂、突き当たりが氷川神社）
