2019年04月22日

下北沢X物語(3747)―第149回散歩:皇居を歩く―

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(一)これまで都鄙文化を数多く取り上げてきた。都市と田園の境にこそ物語が潜む、そこに風情や趣、詩情がある。境界は、一方には中心があり、もう一方には辺境がある。我等は後者を好む。皇居を歩くでは集合場所は東京駅北口だ、「東京駅で集まるなんてことなかったね」と参加者の弁、そう我等は都市の外れを歩くこと多い、先月は、「九品仏川を歩く」今回は皇居、さすらいの我等がいきなり東京の中心地に来ると場違いな感じがする。「まあ、いい見てやろう」ということでお江戸東京の中心を歩いた、折からの改元ブームで人の多いこと、もう我等はお上りさんだ。

 東京駅から皇居をめざす。20日は好天だった。新緑が目に眩しい。すぐに皇居前広場だ、一枚の写真が記憶にある、ここで坐り込んだ人々が皇居に向かって深々と頭を下げている姿だ。8月15日の新聞には「玉石を握りしめて」、力の至らなかった私たちがいけなかったのですと天皇に向かって謝っている姿だ、その痛々しさが思われる。が、今は平和だ、その人混みの大半は外国人だ。皇居へ向かう道に赤いたすきを掛けた人たち、「江戸城再建を目指す会」と書かれている。

 連想したのはつい先頃焼け落ちたノートルダム大聖堂のことだ。焼失したとたんに再建の声、それでフランスの大富豪が相次いで巨額寄付を表明し、たちまちに1200億円もの寄付が集まったそうだ。民間だけでなく国家としても援助すると表明しはじめている。
歴史的建造物への人々の思い入れはどこでも高い。ゆえに金に糸目はつけない。

 再建については有権者の関心が高い、首脳なども先頭に立って「再建」をアピールしている。ところがフランスは格差が広がっている。たちまちに再建資金が集まってきたことに対しデモが起こった。「国内の貧困にも目を向けろ」と。
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「焼け落ちた名古屋城は市民の努力によってやっと再建したものですよね、コンクリートづくりではあっても市民には思い入れがある、あれを壊して木造の本格的なものを再建するという話ですよね」と案内者の別宮さん、私も同感だ。
 江戸城再建では 総ヒノキ造り を目指しているようだ。「再建されれば、東京の都市景観は一変し、日本を代表する 偉大なモニュメントになる」とのこと。また東京に名所が出来て東京に人が集まる。


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(二)
 皇居、東御苑に入る。印象は宏壮であること、緑の木々が多いこと、ほとんどが広葉樹だ、地形が巧みに庭に採り入れられていることも興味深い。我等の地域との関連でいうと淀橋台だ、この先端部がここにきて景観を形成している。

 江戸城の石垣が到る所に残っている。徳川幕府300年、城は防御というよりも象徴だ、がっしりした石垣は支配者の権威づけだろう。宏壮な敷地も同じである。江戸時代、そして明治になって住人は天皇となる。

 世田谷代田居住時代に三好達治は『駱駝の瘤にまたがって』を上梓している。昭和27年のことだ、ここに「さようなら日本東京」という詩がある。その一節。

丸の内お壕の松
さやうなら象徴さん
さやうならそのご夫人


戦後時代が過ぎていく、「さやうなら日本東京/さやうなら闇市」、戦後が終わって新しい時代に変わっていく、その哀惜を歌ったものだ。
 新憲法では、天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とされた。これもまた古びていく。そう今ではこの象徴に人々は意味を見いださない。このところの改元騒動では天皇皇后両陛下がよく話題になる、象徴は今はまるでアイドルのようである。

 天皇が住まう皇居は広い、お堀、石垣、木々の緑、一切合切を含めては、日本の歴史の権威づけがこれらによってなされている。

(三)
 この皇居でかつて「午砲」が撃たれていた。担当は下馬にあった近衛野砲兵連隊だ、毎回当番の兵が皇居に向かっていた。
 徳富蘆花の「みみずのたはこと」には、「東京の午砲につゞいて横浜の午砲。」という記述があった。都心から離れた千歳村のポジションを言い表している。一つ音、東京の午砲だけにまみれない地とも読める。

 皇居を歩いていくと、「松の廊下跡」とか、男子禁制の大奥とか。やはり歴史の中心地だ。語り伝えられる赤穂浪士の物語、また、大奥物語など到るところに渦を巻いている。そういう場だ。


 途中、「石室」があった。石で組まれた倉庫で、火災のときの調度品が投げ込まれたという。艶やかな大奥の女たちの着物も散乱したろうかと想像する。やはりここは都物語の真ん中だ。都鄙物語では、「小さな物語、しかも哀れの深い物語、あるいは抱腹するような物語が二つ三つそこらの軒先に隠れていそうに思われる」(『武蔵野』)と述べられる。その対照が興味深い、都鄙論を述べるときに知っておかなくてはいけない、もう一方の極であること深く認識したことだ。
(写真は当日の駅での、皇居内での記念写真など)

〇記録
第149回 4月20日(土) 13時 東京駅丸の内北口改札
案内人 別宮通孝さん 皇居東御苑探訪(平成最後)
コース:駅〜大手門〜東御苑〜富士見櫓〜松の廊下跡〜二の丸庭園〜江戸城天守台跡〜北詰門橋〜北の丸公園〜田安門〜昭和館〜九段下 江戸城は、戦国時代が続く15世紀半ばに大田道灌によって築城されました。紆余曲折が続き、関東の覇者小田原北条が豊臣秀吉によって落城して、秀吉から徳川家康に関八州が与えられ、直ちに家康は、荒れ果てていた江戸城に入り江戸城の修築をはじめ江戸の町づくりが始まります。以来江戸幕府は、明治維新まで265年間の天下泰平の265年間の江戸幕府が続くことになります。今回の街歩きは、かっての江戸城の中枢部の天守台跡や大奥のエリア等を巡ります。



rail777 at 18:30│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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