2020年05月05日
下北沢X物語(3997)―子供への提言:門前から全国発信へ―

(一)「子どもたちよ、作文を書いて自分を鍛えよう」、長期休暇に苦しむ児童たちへの提言だ、家にポスターを貼って門前発信している。近所の人から「これは素晴らしいことですよ!」と。チラシは二十枚近く無くなった。また、ネットでは大阪の塾の先生から「我が子や教室の生徒にすすめたいので、もしよかったら、PDFで、日記をすすめている文章いただくことは可能でしょうか?」とのこと、早速に送ったことだ、良かったことは近間で、また遠方から反応があったことだ。長い長いお休み、「子どもたちよ、作文をどしどし書いて、自分をしっかりと鍛えよう」と、子どもの日の今日、全国の子どもたちに強く呼び掛けるものである。
作文については、仕事として関わってきた。請われて作文講師として税務大学校で三十年間教えてきた。が、これも苦闘だった。人間、最初からうまく行くものではない。苦しみながら教えてきた。若者とやりあって教えることを楽しめたのは終わりの十年ぐらいかと思う。
ここでの経験で分かったことは、作文は教えて伸びるものではないということだ。自らが書くことで伸びる、もう一つ重要なのは本人の意欲だ。
書こうと思って書く者は短時間で大きく成長する。
書くことに関していえば、自身の文化探訪を通して知ったことがある。日記というものの大事さである。
全くの偶然から知った。戦争中、都会に住んでいた子どもたちは空襲からの難を避けるために田舎に集団疎開した。小さい子にとっては父母がいないことがどれほど悲しかったことか。疎開した子どもが思うのはいつも故郷東京のことばかりだ。そんな時、とある音がする……汽笛大敵。
夜になって「ポー」と鳴る。これがいけない。「ああ、お母さん!」、低学年の三四年生は泣いた。引率の先生は困り果てた。疎開教育は試行錯誤の連続だ。
「もうこうなったら子どもたちの気を逸らすしかない」
東京を考えさせない。そのためには学童に何かをさせるしかない。それで、毎日、山へ、川へ、そして時に演芸会を行った。そして日記だ。
「毎日、日記をつけるようにしなさい。疎開は銃後の守りについたということです。これからは君たちは鉛筆を持って戦うのです……」
学童等は懸命に日記を書いた。
(二)
「私たちは、毎日日記を書きましたよ。それで書くと先生が赤を入れてくれるんですよ。考えてみるとあのときの経験は大きかったですね、年を経て思うと、自分がしっかりと文章を書けるようになったのは柳内達雄先生のお陰ですよ」
鉛筆部隊の一員だった鳴瀬速夫さんに初めて会ったとき口にされた。
私は、これをきっかけに疎開学童のことを調べ始めた。分かってきたのは、多くが当時書いた日記や手紙を持っていたことである。その理由は簡単だ、やはり愛着が深いからである。自分にとっての思い出宝箱である。
本人はその時の思いを残そうと日記を書いた。それは教師の指導によるものである。最初は、書けと言われて書いた。ところが、書いていけばそれはたまってくる。毎日書くとノートは埋まってくる。
「たいしたもんだ、日記を書きなさいといったが、しっかりと書いてもう一冊書き終えたという子がでてきました。いいか、そういう人は、表紙に番号を振るんだよ……」
指導としては大事だ、一と振れば二へと移る。すると一はないがしろにされない。疎開学童のノートを見せてもらった。それにはやはり番号がしっかりと振られていた。日記は書けば愛着が湧いてくるものだ。
疎開学童の日記や手紙は相当数を読んできた。小学校五六年ぐらいの子のものだ。レベルが高いと思った。現象を捉えてそれを分かりやすく伝えるというのが日記の本領だ。
ある子が書いた、終戦の日の日記には感銘を受けた。よく書けていると思った。一番感心したのは書こう思ったことがきちんと整理されていたことだ。しっかりとエピソードを書いている。繰り返し書いたことによる成果だ。
(三)
昭和二十年二月二十五日、代沢国民学校の六年生は、疎開先を発って東京に戻ることになった。前日の二十四日、疎開学童は、自分達が通っている田町国民学校に行った。この日、東京へ帰る六年生を送る壮行会が行われた。代表の山本一代さんが代表として答辞を読み上げた。
田町国民学校の諸先生、ならびに児童のみなさま。いよいよお別れする時が参りました。
私たち六年生は明日午後五時三十分、松本駅発の汽車で空襲下の帝都へ帰ります。……中略……いまわたくしたちの胸によみがえる数かずの思い出と美しい信濃の山や川は、わたくしたちに一生をつうじての懐かしい記憶となって残ることでありましょう……わたくしたちがこの学校へまいりまして、まず感じましたことは、みなさんの体格が、たいへんりっぱであるということでした…わたくしたちは、東京へ帰りましても、疎開以来続けてきた規律正しい生活を乱さず、強くたくましいからだと精神を鍛えあげ、さらに短い間に、おぼろげながら体得いたしました信州魂を身につけ、一日も早く国家のお役にたつ人間となり、お世話になりましたみなさまのご恩に報いたいと思います…
この文章には感心をする。代表としての答辞だ、私は、これを読んだとき、つい涙をしてしまった。「空襲下の帝都へ帰る」、万感の思いであったことが容易に想像がつく。
この山本さんも日記をしっかりと書いた人であろう。繰り返し書く練習をした。その成果がこの文章によく出ている。
・ことばがとてもなめらかである。
・一語一語の語の使い方がうまい。
・聞く方の気持ちを考えながら書かれている。
作文で重要な点は書いたものが人に伝わるということだ。ただ伝わればいいものではない。大事なのは書き手の思いだ。ここでは去りゆく彼女の思いが率直に書かれている。それが心を打つ。
子どもたちへ、ときどき自分の書いたものをお母さんや、お父さん、それからおじいちゃんやおばあちゃんに読んで聞かせてあげるとよい。
日々書く練習をしていけば文章は必ずうまくなるものだ。子供たちには書く訓練を通して表現力を身につけてほしい。この表現力こそはこれからを生きるための力となるはずだ。
(今日、子供の日の門前発信)
「私たちは、毎日日記を書きましたよ。それで書くと先生が赤を入れてくれるんですよ。考えてみるとあのときの経験は大きかったですね、年を経て思うと、自分がしっかりと文章を書けるようになったのは柳内達雄先生のお陰ですよ」
鉛筆部隊の一員だった鳴瀬速夫さんに初めて会ったとき口にされた。
私は、これをきっかけに疎開学童のことを調べ始めた。分かってきたのは、多くが当時書いた日記や手紙を持っていたことである。その理由は簡単だ、やはり愛着が深いからである。自分にとっての思い出宝箱である。
本人はその時の思いを残そうと日記を書いた。それは教師の指導によるものである。最初は、書けと言われて書いた。ところが、書いていけばそれはたまってくる。毎日書くとノートは埋まってくる。
「たいしたもんだ、日記を書きなさいといったが、しっかりと書いてもう一冊書き終えたという子がでてきました。いいか、そういう人は、表紙に番号を振るんだよ……」
指導としては大事だ、一と振れば二へと移る。すると一はないがしろにされない。疎開学童のノートを見せてもらった。それにはやはり番号がしっかりと振られていた。日記は書けば愛着が湧いてくるものだ。
疎開学童の日記や手紙は相当数を読んできた。小学校五六年ぐらいの子のものだ。レベルが高いと思った。現象を捉えてそれを分かりやすく伝えるというのが日記の本領だ。
ある子が書いた、終戦の日の日記には感銘を受けた。よく書けていると思った。一番感心したのは書こう思ったことがきちんと整理されていたことだ。しっかりとエピソードを書いている。繰り返し書いたことによる成果だ。
(三)
昭和二十年二月二十五日、代沢国民学校の六年生は、疎開先を発って東京に戻ることになった。前日の二十四日、疎開学童は、自分達が通っている田町国民学校に行った。この日、東京へ帰る六年生を送る壮行会が行われた。代表の山本一代さんが代表として答辞を読み上げた。
田町国民学校の諸先生、ならびに児童のみなさま。いよいよお別れする時が参りました。
私たち六年生は明日午後五時三十分、松本駅発の汽車で空襲下の帝都へ帰ります。……中略……いまわたくしたちの胸によみがえる数かずの思い出と美しい信濃の山や川は、わたくしたちに一生をつうじての懐かしい記憶となって残ることでありましょう……わたくしたちがこの学校へまいりまして、まず感じましたことは、みなさんの体格が、たいへんりっぱであるということでした…わたくしたちは、東京へ帰りましても、疎開以来続けてきた規律正しい生活を乱さず、強くたくましいからだと精神を鍛えあげ、さらに短い間に、おぼろげながら体得いたしました信州魂を身につけ、一日も早く国家のお役にたつ人間となり、お世話になりましたみなさまのご恩に報いたいと思います…
この文章には感心をする。代表としての答辞だ、私は、これを読んだとき、つい涙をしてしまった。「空襲下の帝都へ帰る」、万感の思いであったことが容易に想像がつく。
この山本さんも日記をしっかりと書いた人であろう。繰り返し書く練習をした。その成果がこの文章によく出ている。
・ことばがとてもなめらかである。
・一語一語の語の使い方がうまい。
・聞く方の気持ちを考えながら書かれている。
作文で重要な点は書いたものが人に伝わるということだ。ただ伝わればいいものではない。大事なのは書き手の思いだ。ここでは去りゆく彼女の思いが率直に書かれている。それが心を打つ。
子どもたちへ、ときどき自分の書いたものをお母さんや、お父さん、それからおじいちゃんやおばあちゃんに読んで聞かせてあげるとよい。
日々書く練習をしていけば文章は必ずうまくなるものだ。子供たちには書く訓練を通して表現力を身につけてほしい。この表現力こそはこれからを生きるための力となるはずだ。
(今日、子供の日の門前発信)



















