2020年05月09日
下北沢Ｘ物語（4000）―丹沢の山窩と文明１―
（一）私たちは現代の文明生活にすっかり慣れきって生活をしてきた。しかし、今から百二十年ほど前には至るところに前近代的な風習や生活様式が残っていた。つい最近、古代流浪民が近隣の都市に出没していたことを知った……日々散歩をしているが荏原では丘上に出れば至るところから丹沢の山並みが見られる。ここからは季節になると吹き下ろしてくる風があった。それを「丹沢おろし」と言う。この山間についこの間まで山の民が住んでいて、年の暮れになると下界に降りてきて家々を襲っていた、「サンカ」である。彼等は近代文明に背を向けた、一所不在の流浪民である。若い時に民族学の本で読んでこれを知り深い感銘を受けたことがある。その具体的な行状が記された詩に出会った。
その詩が掲載された集は、「華やかな散歩」（一九九二年刊、新潮社）だ。作者は佐藤惣之助である。彼は幼少期に経験したことを書き残している。
古風な強盗団
私の子供の時分には
いつも雪と霰の十二月になると
青い相模川をつたわって
さびしい山奥から港や海辺の村々へ
「山窩」という強盗団がやってきた。
昼は町へ来て山でとった青い鶯を売って歩いたり
注文すれば鷲でも熊の子でも持ってきてくれるといって
小さい子供達をからかいながら
金のありそうな家や強欲の家を
鳶のように歩いていた
佐藤惣之助は明治２３年１２月３日、川崎市で生まれている。子供の頃の記憶ということだとすれば明治末年頃のことだろう。
川崎在住だとすれば多摩川のほとりだ。サンカが「青い相模川」を伝わってくるという話は風聞なのであろうか。ただ同詩集には「相模野片田舎にて」という詩がある、ここに「青い相模川の上流から」とある、彼は相模野にそれなりのゆかりがあったのだろう。
相模川沿いに伝わってくるサンカというからには彼等は上流域に住んでいた。常識的に考えると丹沢山塊で暮らしていたということになる。
「古風な強盗団」は、子どもには恐ろしい存在だ。が、心惹かれる存在だった。野生の鳥を飼っている。
「注文があればいいか鷲だって小熊だって持ってきてやるよ」
子どもらにすれば夢のような話である。怖い存在だが憧れもあった。
（二）
彼等はみんな古風なあきめくらで
金勘定を知らない男や
船に乗ったこともない山の息子で
地球は円いか、異人はどこにあるか
なんにも知らない可愛相な男達であった
みんな髪の毛も髭も髯も獅子のようにちぢれ
古い獣の毛皮でできた布子を着て
やくにも立たない大きな武器と
鳴く音も知らぬ小さな鶯や眼白懐に入れ
路のない藪をかきわけて
山つたいにやって来た
サンカは古代人同様の生活を送っているようだ。一箇所に定住しないで山中を流浪していく、耕して作物を作ることもしない。山野河川で俄ごしらえの小屋を作って暮らし、川では魚を獲っていたという。衣類は山にいる動物の毛皮で作っていた。
彼等の一群は子どもを引き連れていた。船に乗ったこともな、ましてや汽車には乗ったこともないだろう。地球が円いか、平坦か、そんなことを教わってもいない。彼等の目はギラギラしていた。
平安時代の古典に「竹取物語」があった。冒頭は、「今は昔竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹をとりつゝ、萬の事につかひけり」で始まる。「まじる」は、野山に分け入って自然と混ざって生活をしていた。彼等は竹細工もうまかった。平安時代さながらの生活をしていた。いや、もっと前の生活を受け継いでいるのかもしれない。
（三）
朝は花もない祠や藪で眠りながら
星のランプがつくと空腹をかかえ
腏や崖の蔭からあらわれた
みんな北風の針の外套をつけ
人の家のお汁の匂いを恋しがって
悪魔同志の一騎打ちにやって来た
その時刻になると街道の漂流者も
巷の乞食も寝てしまい
酔った馬力引きや帰りをいそぐ小商人が
この古風な強盗団とすれちがい
草束ほどの財布を強奪されたり
町からかへい遅れた田舎娘や貧しい女房が
肉体の花束まで強奪される
彼等はまるで原始人、穴居生活を送っている。冬になって食糧が尽きて山から下界に降りてきたようだ。街のさすらい人や乞食などは怖れをなして早々と昼寝を決め込む。が、のんきな酔っ払いの馬方や急ぎの小商人は彼等の網に引っ掛かって金品を奪取される。さらに運の悪い田舎娘やかみさんが貞操まで奪われる。恐ろしい強盗団だった。
（写真は荏原から望み見た丹沢山塊）
〇注記 引用文は旧漢字、旧仮名遣いで表記されているが新漢字、新仮名遣いに改めた。
彼等はみんな古風なあきめくらで
金勘定を知らない男や
船に乗ったこともない山の息子で
地球は円いか、異人はどこにあるか
なんにも知らない可愛相な男達であった
みんな髪の毛も髭も髯も獅子のようにちぢれ
古い獣の毛皮でできた布子を着て
やくにも立たない大きな武器と
鳴く音も知らぬ小さな鶯や眼白懐に入れ
路のない藪をかきわけて
山つたいにやって来た
サンカは古代人同様の生活を送っているようだ。一箇所に定住しないで山中を流浪していく、耕して作物を作ることもしない。山野河川で俄ごしらえの小屋を作って暮らし、川では魚を獲っていたという。衣類は山にいる動物の毛皮で作っていた。
彼等の一群は子どもを引き連れていた。船に乗ったこともな、ましてや汽車には乗ったこともないだろう。地球が円いか、平坦か、そんなことを教わってもいない。彼等の目はギラギラしていた。
平安時代の古典に「竹取物語」があった。冒頭は、「今は昔竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹をとりつゝ、萬の事につかひけり」で始まる。「まじる」は、野山に分け入って自然と混ざって生活をしていた。彼等は竹細工もうまかった。平安時代さながらの生活をしていた。いや、もっと前の生活を受け継いでいるのかもしれない。
（三）
朝は花もない祠や藪で眠りながら
星のランプがつくと空腹をかかえ
腏や崖の蔭からあらわれた
みんな北風の針の外套をつけ
人の家のお汁の匂いを恋しがって
悪魔同志の一騎打ちにやって来た
その時刻になると街道の漂流者も
巷の乞食も寝てしまい
酔った馬力引きや帰りをいそぐ小商人が
この古風な強盗団とすれちがい
草束ほどの財布を強奪されたり
町からかへい遅れた田舎娘や貧しい女房が
肉体の花束まで強奪される
彼等はまるで原始人、穴居生活を送っている。冬になって食糧が尽きて山から下界に降りてきたようだ。街のさすらい人や乞食などは怖れをなして早々と昼寝を決め込む。が、のんきな酔っ払いの馬方や急ぎの小商人は彼等の網に引っ掛かって金品を奪取される。さらに運の悪い田舎娘やかみさんが貞操まで奪われる。恐ろしい強盗団だった。
（写真は荏原から望み見た丹沢山塊）
〇注記 引用文は旧漢字、旧仮名遣いで表記されているが新漢字、新仮名遣いに改めた。
