2020年05月27日
下北沢Ｘ物語（4012）―Net開催第13回「戦争経験を伝承する会」２―
（一）言葉は人間が使う伝達手段だ、理解を前提としている、が、原爆被害の実態はあまりにも凄まじく言い表せない。原爆によって殺された人々の死臭がむせ返るほどに何十日も市内を覆っていた。焼けて垂れ下がった皮膚を抱えての被爆者の彷徨などは言い表しようがない。が、言い表さねばならぬ。衝撃的な風景があった。一つ、市内のどこからでも沖合の似の島の富士山形の山が見えた。瓦礫などが累々と重なる向こうに。二つ、市内の電柱がくすぶって燃えている。まるで死者を弔う線香のように見えた。三つ、本安川には人間の遺体が果てもなくおぞましい姿をさらして浮いていた。四つ、電車のつり革を握ったままの骸骨が焼けた電車の中に並んでいた……
被爆後の市内の光景を想像するだけで身の毛がよだってくる。しかし、書かなくては伝わらない。作品を書いている当時を思い起こす。資料や地図、写真などが部屋中に散らかっていた。当初は気味悪かったが、その中で寝起きしていると感覚が麻痺してくる。被爆した人たちもきっと同じだったろうと思う。
誰もが広島市は壊滅したと思った。が、３日後に己斐と西天満町との間の電車が動き始めた。すべてが死滅したと思われた中に電車が動き出した。人々がどれほどに感動したろうか。壊滅した街に希望が蘇った瞬間だった。
電車は動いた。が、忽然と動くわけはない。電車を動かすまでの下準備があってこれが一つ一つ積み重なって部分開通へと結びついた。
広島電鉄には取材で何度か伺った。そのときに「広島市戦災復興編纂史」を得た。これを読んでいて興味深い記事に出会った。
私は食堂で食う大豆入りニギリメシを腰にぶらさげ、テストハンマー一丁持ってくすぶる熱気と死臭の町へ出かけました。
これを読んで、『ああ、そうか、電車被害の地図はこの人が作ったんだ』と思った。広電の資料の中に必ず出てくるものがある。それには路線図が書いてあって被害電車の位置と場所が番号によって書かれている。その番号を見ることで電車形式と電車の被害状況が一目で分かった。
（二）
電車のほとんどは焼けたり大破したりしている。が、手懸かりはある。電車が履いている靴には刻印が打ってあった。電車の形式番号はそれを確認することで分かる。当時、「車輌課新手車庫係長」だったという大嶺詮義氏はそれを一台一台確認していった。「テストハンマー」は車輪の不具合を調べるものだが、このときは焼けた電車の靴の刻印を確かめるために使われた。
現場作業員の不屈の戦闘精神と言ってよい。彼は線路伝いに歩いた。方々で電車が焼けたり、ひっくり返ったりしていた。それを彼は点検していった。
原爆被害で焼けた電車の台車をハンマーで擦ったり、叩いたりして電車の号数を確認したに違いない。
焼けた死体を押しのけ、水をくれ、水をくれとうめいている者もいる中での作業だった。一台点検しては次ぎに向かう。憑かれたように電車線に沿って彼は行ったに違いない。大破、中破、小破、それも詳細に調べられた。
電車を動かすには線路の実態と車両の様子を調べることが大事だ。動かせる車両を探し出すことも重要だった。大嶺詮義氏はひたすら歩き、市内中の電車を調べ回った。そして千田町の本社に持ち帰った。その図面をもとに、復旧電車をどう走らせようかと計画が立てられた。
保線の人は、線路を点検し、傷んだ枕木は取り替えたり、犬釘を打ち直したりした。電気の人はトロリー線を新しく張り替えた。取材の過程では、電柱については焼けてつかいものにならない。広島港に停泊していた船に帆柱を積んでいたものがあった。それを電柱に活用したと聞いた。
（三）
広島で被爆三日後に電車が部分開通した。このことが絶望的な状況にあった広島市民に勇気を与えたというのはよく知られている話だ。が、旅客を乗せた電車が走り出すに当たって試運転電車が動かされたという。それを運転しておられた方いるということを知った。この方にぜひ会ってみたい、それで広島電鉄を通して紹介していただいて山崎政雄さんの自宅へお伺いして話を伺った。２００７年のことである。
営業運転に入る前に試運転電車を動かしたのは原爆による鉄橋被害が心配だったからだと言う。開通区間は、短い。しかし己斐と西天満町の間には二つの鉄橋があった。原爆投下時に閃光と爆風を受けていた。レールの整備とトロリー線の修復は終わったが鉄橋の壊れ具合までは分からない。原爆による熱線で鉄橋上の枕木も燃えていた。その枕木の具合も心配だった。鉄橋の鉄骨に大きな被害が出ていて、場合によっては電車の重みに耐えられず鉄橋もろとも川に転落してしまうかもしれない。謂わば首実検としての試運転電車だった。
「緊張しましたね。いつ鉄橋が壊れるかどうわからないのですよ。それで低速でそろそろと走りました。」
その試運転電車には十数人、関係者が同乗していた。保線関係、それに軍人が乗っていたという。電車の復旧には軍隊が動員されていた。その彼らは山崎さんの後ろに陣取って不安な面持ちでいる。ガラスはみな爆風を受けてなかった。電車が動くと鼻を衝く異臭が前から入ってくる。それでも山崎運転士、そして同乗者は前をじっと注視していた。ゆっくりと折り畳まれる軌道を目で追った。床下から聞こえてくる車輪の音も聞いている。鉄橋がみしみしと鳴る。己斐駅を出て最初に渡る山手川の鉄橋は一番不安だったようだ。
「最初の鉄橋を渡り終えたときはホッとしました……」
鉄橋を渡るときに履いた靴、車輪は大きな音を立てる。が、陸地にかかるとすっと音が消える。大地を力強く走っていることに安心する。ところが、沿線の瓦礫には死体も多く転がってる。それを荼毘にふしているさまは言い様もないものだったろう。
「鉄橋を渡ってきた電車を見て、そこにいた人はみなたまげていましたよ。」
焼き尽くされた瓦礫のなかを一両の電車が走ってきた。それを見て誰もが驚いた。山崎さんは、原爆の被害を、「地球がひっくり返った」と形容されている。そのひっくり返った地球が元に戻ったような思いを、電車を見た人はしたのではないだろうか。家も人もこっぱみじんに吹き飛ばされたり、焼けたり、傷ついてしまった。誰もがあまりのひどさに絶望したいた。そのときに一台の電車が走ってきた。
熱い涙がこみ上げてきて泣いた人もいたろう。手を振った人もいたろう。生きることに希望を持った瞬間でもあったろう。
「つぎの福島川の鉄橋を渡るときは少し安心でした。終点についたときは安堵しました」
軌道は走れることが確認された。これによって乗客を乗せた電車が走るようになった。試運転電車はすぐに折り返して己斐に着いた。そして、ただちにまた西天満町へとむかう。これが営業運転の一番電車である。
（写真は、広島電鉄家政女学校の人々との記念撮影）
電車のほとんどは焼けたり大破したりしている。が、手懸かりはある。電車が履いている靴には刻印が打ってあった。電車の形式番号はそれを確認することで分かる。当時、「車輌課新手車庫係長」だったという大嶺詮義氏はそれを一台一台確認していった。「テストハンマー」は車輪の不具合を調べるものだが、このときは焼けた電車の靴の刻印を確かめるために使われた。
現場作業員の不屈の戦闘精神と言ってよい。彼は線路伝いに歩いた。方々で電車が焼けたり、ひっくり返ったりしていた。それを彼は点検していった。
原爆被害で焼けた電車の台車をハンマーで擦ったり、叩いたりして電車の号数を確認したに違いない。
焼けた死体を押しのけ、水をくれ、水をくれとうめいている者もいる中での作業だった。一台点検しては次ぎに向かう。憑かれたように電車線に沿って彼は行ったに違いない。大破、中破、小破、それも詳細に調べられた。
電車を動かすには線路の実態と車両の様子を調べることが大事だ。動かせる車両を探し出すことも重要だった。大嶺詮義氏はひたすら歩き、市内中の電車を調べ回った。そして千田町の本社に持ち帰った。その図面をもとに、復旧電車をどう走らせようかと計画が立てられた。
保線の人は、線路を点検し、傷んだ枕木は取り替えたり、犬釘を打ち直したりした。電気の人はトロリー線を新しく張り替えた。取材の過程では、電柱については焼けてつかいものにならない。広島港に停泊していた船に帆柱を積んでいたものがあった。それを電柱に活用したと聞いた。
（三）
広島で被爆三日後に電車が部分開通した。このことが絶望的な状況にあった広島市民に勇気を与えたというのはよく知られている話だ。が、旅客を乗せた電車が走り出すに当たって試運転電車が動かされたという。それを運転しておられた方いるということを知った。この方にぜひ会ってみたい、それで広島電鉄を通して紹介していただいて山崎政雄さんの自宅へお伺いして話を伺った。２００７年のことである。
営業運転に入る前に試運転電車を動かしたのは原爆による鉄橋被害が心配だったからだと言う。開通区間は、短い。しかし己斐と西天満町の間には二つの鉄橋があった。原爆投下時に閃光と爆風を受けていた。レールの整備とトロリー線の修復は終わったが鉄橋の壊れ具合までは分からない。原爆による熱線で鉄橋上の枕木も燃えていた。その枕木の具合も心配だった。鉄橋の鉄骨に大きな被害が出ていて、場合によっては電車の重みに耐えられず鉄橋もろとも川に転落してしまうかもしれない。謂わば首実検としての試運転電車だった。
「緊張しましたね。いつ鉄橋が壊れるかどうわからないのですよ。それで低速でそろそろと走りました。」
その試運転電車には十数人、関係者が同乗していた。保線関係、それに軍人が乗っていたという。電車の復旧には軍隊が動員されていた。その彼らは山崎さんの後ろに陣取って不安な面持ちでいる。ガラスはみな爆風を受けてなかった。電車が動くと鼻を衝く異臭が前から入ってくる。それでも山崎運転士、そして同乗者は前をじっと注視していた。ゆっくりと折り畳まれる軌道を目で追った。床下から聞こえてくる車輪の音も聞いている。鉄橋がみしみしと鳴る。己斐駅を出て最初に渡る山手川の鉄橋は一番不安だったようだ。
「最初の鉄橋を渡り終えたときはホッとしました……」
鉄橋を渡るときに履いた靴、車輪は大きな音を立てる。が、陸地にかかるとすっと音が消える。大地を力強く走っていることに安心する。ところが、沿線の瓦礫には死体も多く転がってる。それを荼毘にふしているさまは言い様もないものだったろう。
「鉄橋を渡ってきた電車を見て、そこにいた人はみなたまげていましたよ。」
焼き尽くされた瓦礫のなかを一両の電車が走ってきた。それを見て誰もが驚いた。山崎さんは、原爆の被害を、「地球がひっくり返った」と形容されている。そのひっくり返った地球が元に戻ったような思いを、電車を見た人はしたのではないだろうか。家も人もこっぱみじんに吹き飛ばされたり、焼けたり、傷ついてしまった。誰もがあまりのひどさに絶望したいた。そのときに一台の電車が走ってきた。
熱い涙がこみ上げてきて泣いた人もいたろう。手を振った人もいたろう。生きることに希望を持った瞬間でもあったろう。
「つぎの福島川の鉄橋を渡るときは少し安心でした。終点についたときは安堵しました」
軌道は走れることが確認された。これによって乗客を乗せた電車が走るようになった。試運転電車はすぐに折り返して己斐に着いた。そして、ただちにまた西天満町へとむかう。これが営業運転の一番電車である。
（写真は、広島電鉄家政女学校の人々との記念撮影）
