2021年10月11日
下北沢X物語(4343)―女流汽車文学:林芙美子 1―

(一)汽車文学という場合は、ほとんどが男性だ、が、汽車好きの女性もいる。これは興味深い、やはり女性は感性が違う、男性が書く汽車文学とはどう違うのか。シリーズで掲載してみたい。まず、人物は、林芙美子である。つぎに全体のタイトルだ、「汽車の響きに泣き濡れて」だ。最後に生没年を挙げよう。1903年〈明治36年〉12月31日 - 1951年〈昭和26年〉6月28日
1、立っても汽車坐っても汽車
汽車の出現によって人々は行き来の自由を得た。誰もが旅に行けるようになった。この旅というのは文学と深い繋がりがある。人は旅に出てさすらうことで新しい発見をした、西行にせよ芭蕉にせよ、その思いを和歌なり俳句に言い表すことで彼等の文学は成り立った。が、この漂泊の旅に出たのは皆男性である、流離いというのは男の独壇場であった。ところが、汽車の出現は男のみならず女にも旅の自由を与えた。この汽車による旅には新しい感動があった。車窓に眺められるのは「廻り灯籠の絵」である。これらを描いた「汽車の窓から」(谷口梨花)などの紀行文が多く出て、ベストセラーになった。しかし、これもまた書き手は男である。が、昭和期になると汽車旅は大衆化してきた。これによる変化も生まれる、汽車の旅が日常化することで女性も多く旅をするようになった。汽車話は男性の専有物であったが、女流が入ってくることでもこれが崩れてくる。
鉄道とジェンダーは大事な視点である。女性は近代の機械をどう受け入れ、これをどう血肉化してきたか?この鉄道文学史に登場するのはほとんどが男性だ、章段を閉じるに当たっては、ぜひとも女流の汽車を入れたい。
その前に汽車好きの女流はいるのかという問題がある。が、全く心配に及ばない、居る、候補に上がったのは二人だ、一人は宮本百合子である。彼女のエッセイに「田端の汽車そのほか」というのがある、その一節だ。
私たち子供達が田端の汽車見物をしたのは、その坂を下りず、草道を右にきれた崖上であった。ころがり落ちないような柵のあるところで、一人の女の子とそれより小さい二人の男の子とは、永い永い間、目の下に活動する汽車の様子に見とれた。汽罐車だけが、シュッ、シュッと逆行していると、そのわきを脚絆をつけ、帽子をかぶった人が手に青旗を振り振りかけている。貨車ばかり黙って並んでいるところへガシャンといって汽罐車がつくと、その反動が頭の方から尻尾の方までガシャン、ガシャンとつたわってゆく面白さ。白い煙、黒い煙。シグナル。供水作業。実に面白くて帰りたくなるときがなかった。
宮本百合子全集 第十七巻 新日本出版社 一九八六年
幼い頃の思い出だ。ここでの逸話、心ときめく鉄道情景を見事に描いている。彼女は明治三十二年(1899)生まれだ、十歳頃としても明治末年だ、ここ田端には操車場があった。ここでの貨物の入れ替えがおもしろくてたまらなかったようだ。
機関車がバックして停まっている貨車にぶつかる、ガシャンと音が鳴る、するとそれが順々に、ガタン、ガタン、ガタンと音を立てて後尾車両まで行って鳴り止む。すると遠くで青旗が振られる。その光景は見飽きることがない。帰るもんかと彼女は思った。
宮本百合子の汽車旅経験は豊富だ。国内旅行だけでなくアメリカに行ったり、ソビエト・ロシアも訪れている。シベリア横断鉄道に乗ったときの経験を「新しきシベリアを横切る」に記録している。汽車旅の手練れは車窓を見る目は確かである。印象深いのは、『播州平野』で描かれる車窓だ。
一日に一本出る下関行下り急行が東京駅の鉄骨だけがやっとのこっている円屋根の下を出発してから、見て来た沿線の景色は、それを景色だと云えただろうか。京浜はもとより、急行列車が停るほどの市街地は、熱海をのぞいてほとんど一つあまさず廃墟であった。田舎らしい緑の耕地、山野、鉄橋の架った大きい河、それらの間を走って、旅めいた心持になる間もなく、次から次と廃墟がつづいてあらわれた。
宮本百合子全集 第六巻 新日本出版社 一九八六年刊
鉄道は都市と都市とを結ぶものである。が、その様相はいつもとは異なる。東京駅を発った下関行き急行、走り出すと常ならば車窓に色合いのあるパノラマを映していく。ところが乗客の口から漏れてきたのは、「まあ」とか、「ひどい」とかの声だった。窓辺には焦土と化した廃墟がつぎつぎとめくられていく。どこもここも空襲によって焼き滅ぼされていた。カタトッテ、トタトッテと快調に走ってはいくが、乗客の心は暗く曇っていくばかりであった。
宮本百合子、汽車からの観察眼には鋭いものがある。プロレタリア作家には情熱がほとばしる、「女闘士の熱い汽車」でもよいが、男性に近いような気もする。
もう一人の女流は林芙美子である。彼女も宮本百合子に負けていない。シベリア鉄道に乗ってパリまで一人旅をしている。彼女は自分の嗜好について「花が好き、その他には、一ヶ月のうち二、三度は汽車へ乗っている。旅が好きで仕方がない」(『生活』)と述べる。
彼女の代表作として知られているのは「放浪記」である。近代の放浪である、行乞の俳人種田山頭火の代表作に「あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ」というのがある、まさに放浪の旅人であった。
林芙美子の場合はどうか、「立っても汽車坐っても汽車」、大方が鉄路による旅路だった。涙脆い彼女の鉄道は抒情性に富む、それで彼女の汽車を選んだ。
(旧新橋駅)



















