2022年09月12日
下北沢Ｘ物語(4546）―没後８０年記念朔太郎展へ向けて―
（一）一日から朔太郎展が始まる、その活動の一環として昨日11日、詩人とゆかりの深い下北沢を文学館友の会の人と巡った。朔太郎存在の特異性を言い表すのに吉増剛造は「下北沢には至る所に次元の穴が空いている」と述べる。当地における朔太郎存在の痕跡をいうものである。が、下北沢も地下化されて町の様相が一変してしまった。一言でいえば手がかりが希薄化したと言える、次元の穴らしきものはかつての駅、踏切、古い建物の陰、路地裏に至る所に存在していたが、平板化した町ではなかなか穴は見つけられなかった。が、全くないわけではない、彼詩人は「主観の構成する自由な世界に遊ぶ」（『猫町』）ことの楽しさを言っている。そう彼の言う町は厳然と存在する、次元の穴らしきところを見つけて楽しめばよい。
旅は駅から始まる、昭和六年九月、「府下世田谷町下北沢新屋敷一〇〇八番地」へ市谷から詩人は越してきた。一家で住むためである。小田原急行鉄道は四年前の昭和二年に開通している。これを気に当地一帯で宅地造成が始まり、貸家や建て売りが多くできた。その貸家に一家は住んだ。
まずはその場所に行く、もちろん立て替えられていて面影は無い。そこに行って指さしたりしているとお店の人が現れた。いぶかしそうである。
「ここには詩人の萩原朔太郎が住んでいたんですよ。建て替えられてていますが、ここに木造の二階屋があったのですよ」
「えっ！、びっくりです、そんなこと初めて知った」
彼はそういい昔の木造の家の写真をスマホで撮っていた。
朔太郎旧居の前が大野さんのお宅だ、だいぶ前に来たときの話だ。
「木造のお宅が壊されるときに萩原葉子さんが来られて写真を撮って行かれましたよ。家からよく見えるものですからこちら側から撮っていかれました」
新屋敷のこの一角は耕地整理が行われていて比較的大きな家が建っていた。
「私の家は進駐軍から接収されました」
この一帯は家が米軍に接収されたほどだった。
（二）
この新屋敷の家はなかなか分からなかった。が、よく通っていた一番街の大月菓子店の文子おばあちゃんが家を聞きだしてきた。
インターネットを通して下北沢の朔太郎旧居を借りしていた人とつながった。その彼から屋敷の見取り図が分かった。二階を詩人は書斎に当てていたようだ。この図から知ったのは裏木戸の存在だ。
朔太郎を師と仰いでいる三好達治は、「飄々として影のやうに裏町をゆかれる」（『師よ、萩原朔太郎』）と師匠像を述べている。詩人の日常がここから思われる。彼は町へ出ていくにも裏木戸からひっそりと出て行ったように想像した。
「この裏木戸から想像すると、詩人は表通りに出るときはここを潜って行っていたように想像されます……朝ここの裏路地を出て、表通りへと向かう、角で左右を確認する、大丈夫だと分かって右に曲がる。するとここに煙草屋があった。かどや煙草店ですね」
ちょうど十字路に店はあった。
萩原朔太郎は代田在住時代の昭和十年(1935)に〜散文詩風の小説（ロマン）〜『猫町』を描いている。前段後段の二部構成だ。前段の場所は下北沢らしい。猫が出てくるのは後半だ、そこは「北陸地方のKという温泉に逗留」していたときの話として書いている、ここでは夥しい猫が湧いてくる。『猫町』はここから取ったようだ。
『猫町』前半では、「四つ辻にポストが立って、煙草屋には胃病の娘が坐っている」とある。かつて、我ら猫町探偵団はこの小説を紐解くにはポストの位置が手がかりになると大真面目で一帯のポストを探し回ったことがある。
「四つ辻のポスト」は大きな手がかりであった。しかし、四つ辻にはなかった一番近いポストは大月商店脇の北沢局ポストだった。家から一番近いポストがこれだった。
「うちの煙草屋はこの十字路にあるでしょう、北も南も坂になっているのですね。ですから朝になると、両方の坂を転げるようにして煙草を買いにこられましたよ」
かどやの女主人の証言である。ニコチンが不足しての行動だと思われた。
（三）
「詩人の散歩ルートがこれでわかりましたよ。まず大通りに出るでしょう、そしてかどやで『敷島』を買う。煙草好きの彼は多分二三箱買ったでしょうね、それからはす向かいの北沢局のポストに向かっていき、ふところから封書やハガキを投函する、町角で一服して、さてと思ったときに近くの路地に入るわけですよ。彼は書斎派ではない、戸外でいつも勉強していましたからね。いわゆる漫歩派ですね……」
「一つの方法としては下北沢から電車に乗り新宿に向かう。そして待合室に行ってぼんやりと思念に耽る、もう一つが漫歩ですね、八幡湯脇の路地に入る、そして緑豊かな小道を散策するこれが一番だったのではないか。そして考えごとしているときにです。『猫町』本文には『当て推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ、そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで……』と書いてあります」
