2022年09月14日
下北沢Ｘ物語(4547）―世田谷の旧家訪問：深沢秋山光男邸―
（一）知るは領るとも書く、旧家の当主は代々帝王学を密かに教わっているのではないかと思う。土地の隅々の逸話をよく知っておられる、「あそこ真中は真井家と中村家の名を取って真中としたが秋山家も一角を占めていたのだがな……」と。「あの真中の裏道は不思議ですね、野沢に抜けていく二間道」と言うと、「ああ、あれは本芝道ね」と答えが返ってくる。最近知ったばかりの古道だ、深沢に隣接する衾村が芝の増上寺の御魂屋領であった。村民が将軍の墓の掃苔に行くときに使ったという。深沢秋山家は大地主、逸話もスケールが大きい、用賀の飯田邸に続き世田谷の地主巡り第二弾として当会会長の谷亀�冢困気鵑硲隠夏�秋山邸に伺った。
世田谷は広大である、が、当地各村は日本橋との距離で位置付けられる、〔日本橋ヨリ三里半〕（東京府資志料 明治7年）とあり、地勢は〔大概平坦ニテ高キ方ナリ」とある。丘陵地帯で高い、これは荏原台のことを指す。千歳船橋近辺を根付けとするならここから半島上の台地が目黒区まで続いている。
この近辺、住まいがあることから歩き尽くしている。
「自分では深沢半島と言っていますが、なかなか理解はできませんね」
それでも大体がフラット、平坦である。先だって伺った用賀の飯田家の当主は「水」がポイントと言われた。深沢は陸地に深く食い込んだ沢だと言える、この沢は呑川である。
秋山家の森は今でも深い。敷地内に川が流れている。呑川源流域でもある。
「昔はね、この川でウナギが採れたんですよ」
秋山家十四代目当主の秋山さんが言われる。
「エッ、ウナギですか！」
「驚きですね、北から来たのでしょうか、南から北のでしょうか？」
実はこの秋山家の川は北にいくと品川用水にぶつかる。
「面白い話がありまして、三田用水は恵比寿まで流れていってビール壜の洗浄水に使われていました。工場の休み時間になると籠にかかったウナギを捕りだして焼いて食っていたという話を聞いたのですよ。壮大なロマンですよね」
太平洋の深海で生まれたシラスが多摩川に入り込んだ、遡上して羽村の取水口で玉川に入り込んで、さらに北沢の三田用水の取水口に入っちゃって恵比寿ビールでとっ捕まって蒲焼きになってしまったらしいのです。この秋山家のウナギは南から北のでしょうか、北からきたのでしょうか？」
（二）
旧家は、逸話に富んでいる。自身が断片的に聞き取ったことを整理してみる。
歌手の寺尾総がいる、この彼は秋山の森を通るのが死ぬほど怖かったらしい。多分深沢小学校に入学することになったのだろう。しかし、秋山の森が怖くて行きたくなかった。それで隣の目黒区の学校に行ったようだ。八雲小学校か？宮前小学校か？これはわからない。が、目黒十中に行ったことは間違いない。連れ合いが同級生だったからだ。
秋山の森が怖い、一帯の住宅地に生まれた場合、深い森林は知らない。この辺りで森といえばやはり秋山の森だ、今でも小ぐらいほどで樹林が鬱蒼と生い茂っている。この廻りは散歩でよく通る。中に入ったことはない、が、敷地内を秋山さんに案内していただいた。木々に覆われていて、そこにあったのはまさに密林だ、かつての武蔵野が思われた。鳥の鳴き声がかしいましい。瀬音も聞こえる。呑川の支流が邸内を流れている。今は水を循環をさせているらしいが湧水もあるようだ。
「ここでにはホタルがいるそうなんですよ」
谷亀さんが言う。
村の生活にとって水は、必須のものだ。先の「東京府志料」では、「用水ハ村内溜井ヲ用ユ」とある。荏原台の根付けから湧いてくる湧水が豊富だったようだ。
（三）
「うちの婆さんが言っていましたね。五島慶太が秋山家に来て、『今度、砂利電で人を運ぶようにするので会社の株を買ってくれと』頼まれたと言っていました」
玉電の話である。
もともとこの会社の名は玉川砂利電気鉄道といった、主目的は多摩川から砂利を運ぶために敷設されたものだ。しかし、旅客需要が高くなって人を運ぶようになった。電車を投入するには資金が要る、ということで一帯の大地主に投資をもちかけてきたようだ。
玉川砂利電気鉄道は、社名を玉川電気鉄道に変えた。明治四十年（1907)に電車を開業させた、 3月6日、道玄坂上 - 三軒茶屋間が開業が開業し、つづいて4月1日 三軒茶屋 - 玉川間、そして8月11日 渋谷 - 道玄坂上間開業した。
この電車線の開業は地域一帯に大きな変化をもたらした。玉川電気鉄道は、名前のとおり電気を供給する会社で、電車が開通すると同時に付近の家々に電灯が点るようになった。近代の夜明けである。
（上は、秋山邸で秋山光男氏、谷亀�冢沙瓩函２爾禄�山邸の森）
