2022年09月15日
下北沢Ｘ物語(4548）―世田谷の旧家訪問：深沢秋山光男邸 ２―
（一）興味深い話を聞いた。戦時中のことである。三軒茶屋周辺には野砲兵連隊が三つもあって数多くの厩舎があった。昭和２０年、厩舎が爆撃機に狙われるという危険があった。それで馬を郊外に避難させた。選ばれた一つが秋山の森だった。相当な数の馬たちがここに避難してきたそうだ。馬たちは森陰を宿とした。急なことであり飼葉の手当は十分ではなかった。きっと馬たちは腹を空かせたに違いない、馬たちは木々の葉っぱをぱくりぱくりと食べたらしい、「木々は軍馬に食われてはげ山になりにけり」。とはいうものの深沢と軍馬の結びつきは深いものがあった。この深沢は実はタケノコの名産地で市場では、「深沢タケノコ」はブランドで高い値がついた。
深沢一帯は竹山が多くあった。土質が竹にあっていた。食べる竹としてだけではなく、見た目の美しさをここに住んだ文化人は誉め讃えている。つぎに紹介するのは「竹」という題のエッセイだ、作者は宮本百合子である。
今住んでいる新町へ去年の五月見に来た時、彼方あっちこっちにある竹やぶの中を歩き、こうまで美に溢れているものかと驚いた。いつくと猶しみじみとそのさわやかさ、優美さ、特に夏の晴れた青空があいをはきよせたように濃やかな細葉のすき間にたたえられた調子など愛を感じる。朝、白い蚊帳の中に横たわってその戦ぎをながめる、ほとんど音楽が流れているようだ。 〔一九二六年八月〕
宮本百合子全集 第十七巻 新日本出版社 １９８１年刊
新町は、駒沢新町のことだ深沢に隣接している。秋山の森はここのすぐ東側である。 文学者は竹の林の美を誉め讃えた。
しかし、この竹山を維持するのは大変であった。絶えざる手入れが必要だった。もっとも大事なのが施肥である。これが軍馬と関係してくる。
深沢がタケノコの名産地になった理由の一つには、三宿から下馬にかけて二千頭もの軍馬がいて大量のボロが（馬の糞やねわら）が出て、これをもらいうけていたことによるものです。 「ふるさと世田谷を語る」 深沢ほか 世田谷区 ２００３年刊
練兵場の軍馬と深沢のタケノコは深い関係があった。
（二）
秋山家に五島慶太が来て玉川電気鉄道への投資を要請に来たという。この近郊郊外電車と深沢地区は深い関わりを持つ。
秋山の森は呑川左岸にある、右岸が丘陵地でずっと南東に連なっている。この一角に城があった。深沢城である。例の「地団協」の石碑がここにあるが、「兎々呂城」という表示で建てられている。この城は北条氏の家臣南条右京亮重長の居城であった。世田谷吉良氏の一派である。が、北条氏が滅亡し吉良氏ともども権勢を失う。重長は城を壊し姓を小谷岡から谷岡に名を変え、当地に帰農した。今でも深沢城周辺には多く谷岡姓の表札が掛かっている。
この深沢城跡に建つのが都立園芸高校である。この学校は明治四十一年（1908）四月二十七日に開校している。現在の最寄り駅は等々力だが開校時に大井町線は開通していない。が、明治四十年（1907)八月十一日に玉川電気鉄道は玉川−渋谷間を開通させている。学校の最寄り駅は桜新町だったと思われる。よって玉川電軌鉄道の開通がきっかけだったと言える。
東京府立園芸学校は府立だが全国区で後には寄宿舎を設け、全国から生徒がやってきている。とくにこの学校は花卉園芸に特化した教育を行っている。
東京西郊は住宅需要が高かった。長屋や団地ではなく個人住宅の盛んであった。必要とされたのは花卉園芸に詳しい職人だ。これらに対する人の需要が増大していた。それで園芸学校の設立が急がれたのだろう。
東京西郊の住宅建設が、玉川電気鉄道開通でより盛んになる。その動きの一端として花卉需要も増えていた。それで荏原一帯に植木溜が増えてきた。深沢もその一つだった。
この学校で有名なのは徳川家光（第三代将軍）遺愛の松（五葉松）である。日本最古の三つの盆栽のうちの一つで、もう一つも本校に、三つ目は宮内庁所蔵。上記購入時には五葉松盆栽2鉢、赤松盆栽1鉢が購入された。この三鉢が現在も栽培管理されている。
（Wikiより）
園芸高校には立派な日本庭園もある、内部は自由に見学できないが、西側に巡らしている塀は素通しなので道路からよく見える。
（三）
深沢には園芸高校、それに日本体育大学がある。後者の最寄り駅は田園都市線桜新町である。おおよそ二キロ弱ぐらいである。バスも通ってはいるが、これで通う学生はあまり見かけない。桜新町からほとんどの学生はせっせせっせと歩いている。
身体を鍛えることが大事だということを学生はよく知っている。学校の行き帰りも鍛錬の一つなのだろう。ジャージ姿でみなよく歩いている。
日体大が深沢に移転してきたのは昭和十二年だ、当時の地図で敷地を確認すると、敷地は東京信託会社が造成した新町住宅地の南側にあった。そこはまっさらで、雑木林か畑地だったのだろう。ここの持ち主が谷岡だったのか秋山だったのか分からない。
「日本の将来を担う体育教員をここで育てます、どうか土地をお譲りください」
そんなこと言ったのだろうか
「ここの竹山は深沢のブランドタケノコを作っています。が、人間を育てる方が先ですね……」
そんな答えがあったのかどうかは分からない。が、交渉はあっさりと成立したのではないか。
（写真上は秋山光男さん、下は秋山邸の燈籠）
