2022年09月27日
下北沢Ｘ物語(4556）―野沢水車の謎 ２―
（一）野沢水車は、明治十四年五月に水車使用許可を出して、翌々年に許可が下り稼動し始める。ところが新たな設置は容易ではなかった。すでに品川用水では十二箇所で用水が稼動していた。野沢水車はそこに割って入ることになる、用水は飲み水や農業用水を送るためのものだ。その用水を他用途に用いるのは好ましくない、が、水路浚渫や修繕費に経費がかかる、水車利用を許可制にして金を取れば、経費が出る。それで許可をしていた。用水組合は既存の水車使用者に了解を取る必要があった。それがうまく行かなかった。ところがこれの許可が下りた、わかってみるとなるほどだ、野沢水車の許可申請者、谷岡慶治と秋山紋兵衛は土地の有力者で、政治力に長けていたようだ。
谷岡慶治と秋山紋兵衛は当時有名人だった。
まず、前者である、「全国篤農家列伝」（明治四十三年）に彼の名がある。
荏原郡駒沢村の人、資性温厚慶應元年名主役となりしより、以来戸長、村長となりて今日に至る。
彼は府会議員も務め、駒沢町町長にもなっている。彼は兎々呂城、深沢城の城主の末裔である。その跡が今、都立園芸高校になっている。彼は地元の長として「我邦の園芸業の不振を憂い」、一方府知事には園芸学校の奨励推進をするよう求め、ついには念願が叶い、「府立園芸学校の駒沢村の深沢に建設す、是我邦園芸学校の嚆矢なり」とある。現今の園芸学校の創設に関わったのが彼だった。
一方の秋山氏の話だ。ネットには相続税の話が載っているが、「西の横綱は大正製薬の名誉 会長だった故上原正吉氏であった。西の横綱は新たに世田谷区の大地主、秋山紋兵衛 氏が占めるにいたった。」とある。やはりこちらも土地の有力者であった。
（二）
明治二十二年には野沢村は、上馬引沢、下馬引沢、弦巻、世田谷新町、深沢の六か村で合併して駒沢村となり、大字野沢に変わりました。
「ふるさと世田谷を語る」野沢ほか 世田谷区 ２００５年刊
谷岡賢治氏は、政治力に長けていたようだ、駒沢村の村長からそのまま駒沢町長になっている。彼がいうのは地域振興である、園芸学校の誘致もその一つだ。野沢水車を秋山氏と協力してつくったのはやはり駒沢町発展のためだった。
先の「野沢水車の由来」末文である。
私は昭和初期この地で生れ育ちました。その頃には水車の蔵も有り石臼歯車なども見かけました。水車の立ってた場所は今のマンションの東側のように聞いています。現在の水神様の入り口の大きい「カシ」の木の前に分水路が有ってそこから桶で水輪の方へ水が流れていたようで、上流３００米の所より分水したようで品川用水の方を下の川、分水路の方を上の川といってました。私が子供の頃は水がきれいで目高、川えび、ふな、小魚も泳ぎ夏にはホタルも居ました。カブト虫、トンボ、セミなども沢山とれ、小鳥もさえづり、此の水神の森は本当に蒼木も沢山有り川の両側には「ケヤキ」の二十米くらいの大木も茂り農家の人々の憩いの場所とも言えました。
根岸一彦
根岸さんのマンション裏手には野沢水神を祀ったお堂がある、その東側の壁に水車がそのまま保存されている、石臼もマンションの裏手に転がっている。
（三）
明治になって蒸気機関車が動くようになった。外国では蒸気製粉工場もできていた。が、日本では機械化が遅れた。この辺りの歴史事情について『武蔵野と水車屋〜江戸近郊水車事情』（伊藤好一 クオリ 一九八四年刊）ではこう述べる。
近代製粉工業は企業的にも、明治二〇年代まで成立しなかったといわれる。「国内の小麦粉の市場は、 水車製粉小麦粉と輸入のメリケン粉とによって完全に支配されていた」。 ことに明治二〇年代の前半は、「国内の水車製粉がいっそう発展し、廉価な水車製粉が市場にあふれ」良質の輸入粉の増大と相まって、「不完全な石臼工場で操業」する西洋式の機械製粉も圧倒していた。 機械製粉の不振にひきかえ、水車製粉はこのころまで着実に伸びていった。（『日本製粉株式会社七十年史』）
野沢水車が動きはじめたのは水車製粉が最も盛んな頃だった。駒沢村の活性化を願っての企画であったが、投資家として見る目もあった。その物件については由来にこう記されている。
家造り「カヤ」屋根水輪直径一丈六尺杵ニ十本碓六個こうした手続きにより許可になり、明治十六年に完成一年間の製造量は次の通り、米一九二〇石、麦一八五〇石、粉四八〇石、野沢水車は荏原郡最大のもので有りました。
この水車を見ようと多くの見物人が集まってきた。
水車と歴史文化は深いものがある、江戸時代にさかのぼる、水車の隆盛は横浜開港が結びついていると……（了）
（上、野沢水車の水車 中、野沢山正徳寺、下野沢水車の石臼）
