2023年01月05日
下北沢Ｘ物語（4623）―下北沢は朔太郎の箱庭文学館―
（一）世田谷文学館の萩原朔太郎展、ようやく暮れに行ってきた。今回のは特別だ、これは前橋文学館が提唱する「萩原朔太郎大全２０２２」に連携しての開催だ。則ち萩原朔太郎没後８０年を記念して、全国の52か所の文学館、美術館、大学等で萩原朔太郎をテーマとする展覧会や講演会が開催されている。ここでいう「没」は、1942年（昭和17年）5月11日を指す。世田谷代田の自宅で息を引き取った、苦しみもがく声が隣の家まで響き、怖くて蒲団をひっかぶって耳を塞いだとの証言を直に聞いた。この時の葬儀は自宅で執り行われた。世田谷代田の家はまさに終焉の地である、全国展開で講演や展示があるが、終焉の地は一箇所である。そういう意味では世田谷文学館というのは地に根ざした展示では他を凌駕するのではないか、終焉の地に聳える代田の丘の６１号鉄塔にも言及があるのではないか？と思ったがそんなものは見当たらなかった。
萩原朔太郎は、1931(昭和6）年8月に下北沢に転居してくる。翌々年1933(昭和8）２月頃、自身設計になる家を世田谷代田に建て、そして1942年（昭和17年）5月11日に没している。下北沢・代田での世田谷生活は11年に及ぶ。最晩年の時期にあたる。
自らの設計による家を建てた、それまでは流浪生活だった。人一人が自分が選んだ土地に家を建て生活すれば心も穏やかになる。仕事も大いに捗った。この晩年期において詩人は西欧の思想に目を向けていたが転居を機会に日本回帰をしていく。
転居と同時に同人誌「生理」をここで発行し彼は、「郷愁の詩人与謝蕪村」をタイトルとして連載を始める。
下北沢の在住は仮の宿りだった、まず1931(昭和6）年8月に東北沢に妹と一緒に越してくる、そして一家で住めるところを探し、下北沢にみつけた。ここで生活をし始めるが落ち着かない。帝都線の計画が進行していたからだ、それで代田に引っ越した。
終の棲家を代田に建てた、丘上の眺めがよいところということもあった。が、ここでの利点は交通の便の良さである。新宿に容易に出られる、また渋谷へも簡単に行けた。これは小田急線や井の頭線だが、家の南に行けばバスが頻繁に渋谷に出ていた。
（二）
下北沢、代田の居住時代は旺盛に仕事をこなした。最大の仕事が『氷島』の編集である。全体の構成がしっかりしている、きちんとした構想に基づき編集がされた。例えば、「新年」とある詩である、集中では最新のものである、「昭和年七年一月一日」とその日が記されている。下北沢在住時に書かれたものだ。これは七番目に配列されている。詩が時系列ではなく内容を中心にして配列されている。
この朔太郎の『氷島』を批判したのが弟子の三好達治だ。具体的に述べている中でこの新年が取り上げられている。
新年
新年來り
門松は白く光れり。
道路みな霜に凍りて
冬の凜烈たる寒氣の中
地球はその週暦を新たにするか。
われは尚悔いて恨みず
三好達治はこの詩についてこう述べる。
なお、一編の途中ですが一言します。「われ尚悔いて恨みず」という一行にさしかかって、読者は果たして容易に明瞭な表象を捕え得るでしょうか。小生はまず一度ここで躓きます。そうして繰り返し考え直してみますが、どうも判きりとした貴家の詩感に触れ得ません。或いは貴家は、言語の音声的触感に詩心を託していられるのかと推察してみますが、詩句の意味の上で、無責任に読者をはぐらかすことは、それだからといって濫りに許されようとも思いません。 三好達治全集 第五巻 一九六四年
確かに鋭い指摘である、ここでは新しい年になっての感懐が詠まれる。週暦が改められ新しい年に改まろうとしている、というときに突然に詩人の詩的な悔恨が述べられる。その唐突感は否めない。
そして達治はこの詩の締め括りについてもその批判は手綱を緩めない、鋭く突っこむ。この「新年」の最後の結びだ。
今日思惟するものを断絶して
百度もなお昨日の悔恨を新たにせん
これなども表象が明瞭ではありません、言葉の単なる調子と、方向の明確でない一つの意気込みとは感じられますが、もう一層観念を明瞭につきつめるべき努力を、作者は途中で放擲しているかに推測されます。 同上
高度な詩論である、まず詩には読者がいる。その読み手が詩を読んでおおなるほどと納得するものでなければならない、一行一行がイメージとして繋がっていなくてはならないがそれがひどく欠けていると達治は批評する。
この子弟対決はおもしろい。これは部分のみを取り上げているが、高度な詩論である。
（三）
萩原朔太郎は下北沢と代田に住んだ、ここに生の痕跡を残している。これらが現に辿れるゆえに「下北沢は朔太郎の箱庭文学館」と述べている。
まずは、下北沢の居住跡である。ここの位置も興味深いものです。ポイントは裏木戸である。彼の性向からするとここを抜け出た。朝だと、まずは煙草屋ですね、愛用していたのは『敷島』です、二箱ぐらい買ったのではないだろうか。
一旦家を出たら用を足す。スマホなどはない、通信手段としては手紙ハガキだ、これが懐に入っている。三四十メートル行くと北沢局、ここにポストがある。もっぱら彼はここに投函していた。
◎上記萩原朔太郎の足跡を歩く。以下に案内を載せます。興味があったらおいでください。コメント欄で申し込めます。
第１８１回 １月２１日（土）萩原朔太郎の箱庭文学館下北沢を歩く
案内者 きむらけん 下北沢駅東口 １３時集合
世田谷文学館では萩原朔太郎の没後８０年を記念し「萩原朔太郎大全2022」が開催されている。全国の文学館、大学など５４館も参加して催しが行われている。その中で終焉の地は当地に他ならない。 詩人・吉増剛造は「下北沢には至るところに次元の穴が開いている」と。それは当地で最晩年を送った萩原朔太郎の、街角に想起される幻影である、朔太郎が辿った道を想像しながらその「次元の穴」を実際に歩いてみるという新しい試みだ。
・下北沢駅→朔太郎下北沢旧居→煙草屋→ポスト→「樹木の多い郊外の屋敷町」（野屋敷）→路地巡り→下北沢線路街→踏切地蔵→線路街経由世田谷代田→駅から自宅への歩行ルート→代田の丘の６１号鉄塔（世田谷区風景資産・朔太郎居住痕跡）→旧居跡→青猫文学碑
