2023年01月23日
下北沢Ｘ物語（4635）―下北沢：次元の穴を探しての町歩き ２―
（一）『黄金詩編』（吉増剛造）の冒頭でこつ然と出てくる「ああ／下北沢裂くべし、下北沢不吉日常久しく恐怖が芽生え／る、なぜ下北沢、なぜ」と。これを読んでいくと経緯が見えてくる「夢であった、夢のなかの、夢のなかの夢」とあり、「二月十一日 朝 下宿の部屋で次々に恐怖がひらく」と続く。想像がつくのは池ノ上に下宿していたときの一つのシーンだったことだ。アパートは舌状台地の西端にある、眼下には深く切れ込んだ沢がある、その沢を越した向こうが朔太郎旧居である。「下北沢不吉」は朔太郎存在を意識してのことに違いない。彼の大詩人を深く思慕し、憧れ、また恐怖しもした。そこらあたり朔太郎の陰翳が落ちている、ゆえに彼は「下北沢には至るところに次元の穴が空いている」と歌うのである。
萩原朔太郎がなぜ下北沢に来たのか。その理由は詳らかではない。事実は市谷台から昭和六年夏に越してきたことだ。ここには詩人と妹が住んだ、銭湯に行っていることから当地の貸間かアパートに住んだ。一つの目的があった、家族は前橋に残している。医師をしていた父親は昭和六年に死んでいる。そんなこともあって母、娘二人を含めて東京に住むことになった。つまりは家族で住める家を探すことになった。とりあえずの仮住まいを東北沢に借りた、ここを拠点に家探しをし下北沢新屋敷に一軒の二階屋を見つけた。そこに皆が越してきて住んだ。
２１日、駅から下北沢旧居へ歩いた。路地を抜けていく。土曜日で人が多い。西欧系の外国人が目についた。人混みを避けようと路地に入った。
「やっぱり坂を上っていくんですね。彼の住まいは丘上にあるのですね。馬込も市谷もやはり丘上でしたが、ここもそうですね」と私。
「ここが下北沢の家ですね、ここで『新年』という詩を書いています。『昭和７年１月１日」と記録されています。三好達治は『氷島』を買っていません、いちゃもんを付けるのです。新年が巡りきて『地球はその週暦を新たにするか。」と朔太郎は詠み、続けて『われは尚悔いて恨みず』と続けるのです、ここに断絶があり、飛躍があると三好達治は鋭い突っ込みをいれているのですね」
（二）
三好達治は、師を評して『旅行嫌いの漂泊者』と言っている。師の追悼詩『師よ 萩原朔太郎』でこう歌っている。長い詩だがその一部だ。
都会の雜沓の中にまぎれて
（文学者どもの中にまぎれてさ）
あなたはまるで脱獄囚のやうに 或はまた彼を追跡する密偵のやうに
恐怖し 戦慄し 緊張し 推理し 幻想し 錯覚し
飄々として影のやうに裏町をゆかれる
いはばあなたは一人の無頼漢 宿なし
旅行嫌ひの漂泊者
夢遊病者（ソムナンビユール）
零の零
三好達治 日本詩人全集 ２１ 新潮社 一九六七年
人間には段階がある、青年、壮年、晩年と。これは明らかに晩年を描いたものだ。「旅行嫌ひの漂泊者」、つまりは旅に出ることなく、付近、荏原をほっつき歩いていた。旅行が嫌いになった理由は、昭和十年に描いた『猫町』で明かされている。もうどこへ行っても景色は同じだからだという。鉄道近代の発達が大きく影響している。駅ができると近辺には決まり切ったものが建つ。現在の新幹線駅などはその典型だ。
が、彼は旅をしなかった訳ではない。旅こそは命、遠出はそれを彼は漫歩と置き換えている。ひたすらに付近を歩き、角角で立ち止まっては瞑想を巡らす。
（三）
萩原朔太郎下北沢旧居前での話だ。
「昔ここに住んでいた人がこの家の間取りをきちんと書いて私に送ってくれたのですよ。この図に、『勝手口』と書いてあったのです、裏口ですね……前に『おはよう日本』に出た時に、『この表口から萩原朔太郎は出ていったんですよ』と紹介したことがあるんですよ。そんなこと日本国民の一人として覚えてはいないと思うのですが、裏木戸存在を知ってからは自分の推理が全く違っていたことを認識したんですよ。朝、用事があって出ていきますね。やっぱり煙草でしょう。それを買いにいくんですが、やっぱり裏木戸から出ましたよね」
（写真は、かつての銭湯八幡湯跡、二階に古びた看板が残っている。歌手のエト邦枝が開いていたカラオケ教室看板がずっと残っている。これも次元の穴か？）
三好達治は、師を評して『旅行嫌いの漂泊者』と言っている。師の追悼詩『師よ 萩原朔太郎』でこう歌っている。長い詩だがその一部だ。
都会の雜沓の中にまぎれて
（文学者どもの中にまぎれてさ）
あなたはまるで脱獄囚のやうに 或はまた彼を追跡する密偵のやうに
恐怖し 戦慄し 緊張し 推理し 幻想し 錯覚し
飄々として影のやうに裏町をゆかれる
いはばあなたは一人の無頼漢 宿なし
旅行嫌ひの漂泊者
夢遊病者（ソムナンビユール）
零の零
三好達治 日本詩人全集 ２１ 新潮社 一九六七年
人間には段階がある、青年、壮年、晩年と。これは明らかに晩年を描いたものだ。「旅行嫌ひの漂泊者」、つまりは旅に出ることなく、付近、荏原をほっつき歩いていた。旅行が嫌いになった理由は、昭和十年に描いた『猫町』で明かされている。もうどこへ行っても景色は同じだからだという。鉄道近代の発達が大きく影響している。駅ができると近辺には決まり切ったものが建つ。現在の新幹線駅などはその典型だ。
が、彼は旅をしなかった訳ではない。旅こそは命、遠出はそれを彼は漫歩と置き換えている。ひたすらに付近を歩き、角角で立ち止まっては瞑想を巡らす。
（三）
萩原朔太郎下北沢旧居前での話だ。
「昔ここに住んでいた人がこの家の間取りをきちんと書いて私に送ってくれたのですよ。この図に、『勝手口』と書いてあったのです、裏口ですね……前に『おはよう日本』に出た時に、『この表口から萩原朔太郎は出ていったんですよ』と紹介したことがあるんですよ。そんなこと日本国民の一人として覚えてはいないと思うのですが、裏木戸存在を知ってからは自分の推理が全く違っていたことを認識したんですよ。朝、用事があって出ていきますね。やっぱり煙草でしょう。それを買いにいくんですが、やっぱり裏木戸から出ましたよね」
（写真は、かつての銭湯八幡湯跡、二階に古びた看板が残っている。歌手のエト邦枝が開いていたカラオケ教室看板がずっと残っている。これも次元の穴か？）
