2023年01月25日
下北沢Ｘ物語（4636）―下北沢：次元の穴を探しての町歩き ３―
（一）三好達治は『師よ 萩原朔太郎』を「旅行嫌いの漂泊者 夢遊病者」と批評する。朔太郎詩で有名なのは『旅情』である、「ふらんすはあまりに遠し／せめては新しき背広をきて／きままなる旅にいでてみん」とあって「汽車が山道をゆくとき／みづいろの窓によりかかりて／われひとりうれしきことをおもはむ」（『純情小曲集』）とある。いわばその純情時代は過ぎて壮年にさしかかった。詩人の感性は鋭かった、その分摩耗した。それで新たな旅出をするようになった、漫歩による漂泊だ、近隣をあちこちとさ迷った、その所産が『猫町』である。副題は「散文詩風の小説」とある。しかし、どうみても下北沢や代田近辺を巡り歩いて体験、経験した話である。「下北沢猫町」は今ではすっかり定着してしまっている。なぜ猫か、三好達治は言う、「飄々として影のやうに裏町をゆかれる」と。隠れ潜みながら近隣を漫歩していく姿は随所で目撃されている。が、それは尋常ではない、想念世界に耽りながら彼は歩いていた。娘と出会っても分からずに、被っていたソフトに手を当てて挨拶をしていたという。
「朝、裏木戸から出て路地をいくわけですよ。本通りとぶつかるところで立ち止まる。ここで左右の確認は怠りません、いつ何時人は襲ってくるかわからない、被害妄想的なところがありましたね、だから角に立ち止まっての見張りはゆるがせにできません。そして向かうのが十字路にある煙草屋さんです。
「ここはちょうど十字路にありますね。あっちもこっちも坂ですね、だから朝になると皆さん坂を転げ落ちるようにして煙草を買いにこられるんですよ、ニコチンが切れると頭の中もせわしくなるのかもしれません』
すずらん堂のおばさんは言っていた。
「朔太郎の『猫町』には、『四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋に居る娘さえも、杏のように明るくて可憐だった』とあります。おばさんじゃなかったの？」
「違いますよ、ポストはあっちですから」
（二）
下北沢の家のことだ。『伝記 萩原朔太郎』下鶴岡 晨 ＜虚妄＞の時代 春秋社 1975年ではこう述べる。
九月中旬、 朔太郎は、東京府下世田谷町下北沢新屋敷一〇〇八番地に転居した。
小田急線の沿線がいい、というので、七月に、北沢に移っていったのだが、この家老母や子供たちを呼んで一緒に住むには狭いので東北沢の一つ先の下北沢に、手頃の二階屋を見つけ、そこを借りることにしたのである。 高い塀をめぐらし、庭に背の高い立ち木も何本かある。 かなり大きな家だ。最初、家主は、この家を買い取ってくれと言ったが、朔太郎は他人の建てたか家を買うのは気が進まないと言って買わなかった。
推測だが、市谷台から東北沢に転居するときに下北沢近辺への在住を決めていたと思われる。ひとまず東北沢に二人で住めるアパートか貸間を借りた。そして転居してくる家族が住める家を下北沢に探した。そしてそれを見つけることができた。
結局下北沢に住んだのは、昭和六年九月から翌々年の昭和八年二月までだ、約一年半の居住となる。結局、当地下北沢に帝都線が通って環境が悪くなるからと言って、隣の代田に引っ越す。下北沢に引っ越した時点ですでに詩人の頭の中には新居構想があったのではないかと思われる。
代田の地所を手に入れたのは不動産屋などを通しての交渉だったと思われる。しかし、詩人自身、候補地を聞いては実際に検分に行ったはずだ。やはり、丘上に聳え建つ立ち上げ鉄塔は彼にとっては決め手だった。
娘の萩原葉子は、『父・萩原朔太郎』の中でこう述べる。
父が小田急線沿線で一番好きな成城学園前と、世田谷中原（現在は世田谷代田駅）を探した。そして中原のほうに、駅から七分の小高い所に竹藪の空き地を見つけ、一五十坪借りたのであった。
これを読むと成城学園か世田谷中原のどちらかという風に見えるが、父は成城学園は頭にはなかったはずだ。
「成城学園というのは選択としてあり得ない、あそこは道路が広くて隠れるところがない。やっぱり代田ですね。決め手はなんといっても鉄塔ですね」
我ら仲間内の定説だ。
（三）
我々「箱庭文学館見学者」は、朔太郎旧居から野屋敷の住宅街を見て回った。
「前は、線路があって区画されていたでしょう。ところが小田急がなくなって境目がなくなったのですね。それで箱庭感がなくなりましたね」
これは参加者の川崎義之さんがいう。
「こぎれいになったぶん特徴がなくなりましたね。前は、大きな踏切、小さな踏切があって、そこで押しとどめられたでしょう。その踏切の脇にそっと次元の穴は開いていましたよ」
（写真は下北沢一番街、旧北沢局ポストがあったところ）
下北沢の家のことだ。『伝記 萩原朔太郎』下鶴岡 晨 ＜虚妄＞の時代 春秋社 1975年ではこう述べる。
九月中旬、 朔太郎は、東京府下世田谷町下北沢新屋敷一〇〇八番地に転居した。
小田急線の沿線がいい、というので、七月に、北沢に移っていったのだが、この家老母や子供たちを呼んで一緒に住むには狭いので東北沢の一つ先の下北沢に、手頃の二階屋を見つけ、そこを借りることにしたのである。 高い塀をめぐらし、庭に背の高い立ち木も何本かある。 かなり大きな家だ。最初、家主は、この家を買い取ってくれと言ったが、朔太郎は他人の建てたか家を買うのは気が進まないと言って買わなかった。
推測だが、市谷台から東北沢に転居するときに下北沢近辺への在住を決めていたと思われる。ひとまず東北沢に二人で住めるアパートか貸間を借りた。そして転居してくる家族が住める家を下北沢に探した。そしてそれを見つけることができた。
結局下北沢に住んだのは、昭和六年九月から翌々年の昭和八年二月までだ、約一年半の居住となる。結局、当地下北沢に帝都線が通って環境が悪くなるからと言って、隣の代田に引っ越す。下北沢に引っ越した時点ですでに詩人の頭の中には新居構想があったのではないかと思われる。
代田の地所を手に入れたのは不動産屋などを通しての交渉だったと思われる。しかし、詩人自身、候補地を聞いては実際に検分に行ったはずだ。やはり、丘上に聳え建つ立ち上げ鉄塔は彼にとっては決め手だった。
娘の萩原葉子は、『父・萩原朔太郎』の中でこう述べる。
父が小田急線沿線で一番好きな成城学園前と、世田谷中原（現在は世田谷代田駅）を探した。そして中原のほうに、駅から七分の小高い所に竹藪の空き地を見つけ、一五十坪借りたのであった。
これを読むと成城学園か世田谷中原のどちらかという風に見えるが、父は成城学園は頭にはなかったはずだ。
「成城学園というのは選択としてあり得ない、あそこは道路が広くて隠れるところがない。やっぱり代田ですね。決め手はなんといっても鉄塔ですね」
我ら仲間内の定説だ。
（三）
我々「箱庭文学館見学者」は、朔太郎旧居から野屋敷の住宅街を見て回った。
「前は、線路があって区画されていたでしょう。ところが小田急がなくなって境目がなくなったのですね。それで箱庭感がなくなりましたね」
これは参加者の川崎義之さんがいう。
「こぎれいになったぶん特徴がなくなりましたね。前は、大きな踏切、小さな踏切があって、そこで押しとどめられたでしょう。その踏切の脇にそっと次元の穴は開いていましたよ」
（写真は下北沢一番街、旧北沢局ポストがあったところ）
