2023年01月29日
下北沢X物語(4639)―2023朔太郎大全 IN 下北沢―

(一)「音楽と詩が集まってくる町が下北沢ですね、印象深く思い出すのは進駐軍電車ですよ。上原方向から日曜日の最終は走ってくるんです、新宿で飲んだ連中はみないい気になっている。電車の中で歌ったり踊ったりするんですね、中にはトランペットでジャズを吹くやつ。ときにゴスペルも聞こえてくる。毎週毎週の行事だったのです、しかし沿線は寝静まっています、だから音楽電車は際立つわけですね、この話は小田急沿線聞き書き行をやっていて知った話なんです。音楽電車を舞台で走らせて、ジャズをやったりゴスペルを歌わせたりするのも面白いと思います」昨晩遅くに掛かってきた電話に答えていた。相手は大木雄高さんだ。
「下北沢は詩歌と音楽とが集まる町、やはり電車が交差していたでしょう。前は跨線橋があってそこに大概は近隣のお母さんが子どもを連れて集まってきました。電車の展望台ですね。小田急、井の頭線、両方の電車がやってきますから飽きることがないのです」
「もっと昔は子どもたちは、『上の電車』、『下の電車』というふうに言って居ました。上は帝都線です、これは『小田急50年史』にこぼれ話として載せられている。
上の電車、下の電車
昭和10年代の前半、下北沢周辺の子供たちの間に上の電車下の電車という言葉が使われていた。 ガードの上を通る前者の方が車体がスマートで軽快、警笛が素敵、運転台が開放的。正面窓の下まで座席がある。ドアエンジンが完備している。 運転室の前にヒサシがある。 などなどの理由から人気が高かった。 確かに窓を一つとってみても、下の電車は枠が、小さくて、それも下へ落とす旧式の一枚窓なのになのに、上の電車は大きな二段上昇窓と雲泥の差があり。上の電車の方がすべてに垢抜けしていて評判良かった。しかし、下の電車には急行があり、列車種別、編成、行き先がバラエティに富んでいるうえに路線が汽車のように長くて、車窓の流れが楽しいことを知っている子供は「下の電車」にも高い評点をつけていたものである。「上の電車」とは「帝都電鉄」、「下の電車」とは小田急のことであった。
このコラムは二つの電鉄線のカラーを言い当てていて興味深い。帝都線は後発組である。それで車輌が新しい。とくに「正面窓の下まで座席がある」、ここは特等席だ、ここを取るために並んで待った。ドアが開くと座席取り競争、勝った者は全面展望窓を開けはなって、口を開けてああああというと空気が入ってきて口中がぶるぶると震えた。
(二)
「鉄道の交差はポイントですね、進駐軍最終電車は音楽列車です、それが静まり返った町を通り抜けていくのですよ。アメリカン音楽を運んだ電車も印象深い
電車音の違いも大事なんですよ。上の電車は軽快、警笛もかっこいい、ここですね、電車の音色が違うのです、言えば音楽が違うのですね、帝都線は短編成、だから軽快なんですよ。一方小田急は編成が長い、だからカダンスが違ってきこえるのです。これは鉄道車輪が奏でる音楽、これが違うのです」
「鉄道の十字交差、みな下北沢で降りるわけでは無い。太宰治は三鷹に住んでいた。彼が書いた『犯人』という小説があります、この中にこういう記述がある。
まず、井の頭線で渋谷に出る。渋谷で品物を全部たたき売る。リュックまで売り捨てる。五千円以上のお金がはいった。
渋谷から地下鉄。新橋下車。銀座のほうに歩きかけて、やめて、川の近くのバラックの薬局から眠り薬ブロバリン、二百錠入を一箱買い求め、新橋駅に引きかえし、大阪行きの切符と急行券を入手した。
「この場合は逃避行ですね、やはり中央線でいくよりも裏路線の帝都線の方がいい、常日頃かれ中央線と井の頭線を使い分けて乗っていたんです。ここですよ下北沢で降りないでもここを通っていった、これが物語を膨らませます」
「中原中也も登場させたいとい希望ですね、彼は『北沢風景』というエッセイを書いています。おやっと思いますがこれは上北沢のことです、しかし、遠からぬところに住んでいた。若い頃は三里も歩いていたといいますから歩いて当地に来ることは容易です。いいですよ、時空を越えて詩人が集まるとうことにすれば誰を連れてきても問題はありません」
(三)
「下北沢はかつては詩人密度日本一だったんです。歌人、詩人、俳人、有象無象ですね。やっぱりことは鉄道交差がなせるわざなんです。これは下北沢特有の舞台装置なんです。えっ?大手拓次、大木惇夫、北原白秋も出させる?」
「混乱の極みですね」
「そこが面白いところだ、なにしろ幻影の町だから……下北沢は」と大木さん。
(写真は「代田の丘の61号鉄塔」)
「鉄道の交差はポイントですね、進駐軍最終電車は音楽列車です、それが静まり返った町を通り抜けていくのですよ。アメリカン音楽を運んだ電車も印象深い
電車音の違いも大事なんですよ。上の電車は軽快、警笛もかっこいい、ここですね、電車の音色が違うのです、言えば音楽が違うのですね、帝都線は短編成、だから軽快なんですよ。一方小田急は編成が長い、だからカダンスが違ってきこえるのです。これは鉄道車輪が奏でる音楽、これが違うのです」
「鉄道の十字交差、みな下北沢で降りるわけでは無い。太宰治は三鷹に住んでいた。彼が書いた『犯人』という小説があります、この中にこういう記述がある。
まず、井の頭線で渋谷に出る。渋谷で品物を全部たたき売る。リュックまで売り捨てる。五千円以上のお金がはいった。
渋谷から地下鉄。新橋下車。銀座のほうに歩きかけて、やめて、川の近くのバラックの薬局から眠り薬ブロバリン、二百錠入を一箱買い求め、新橋駅に引きかえし、大阪行きの切符と急行券を入手した。
「この場合は逃避行ですね、やはり中央線でいくよりも裏路線の帝都線の方がいい、常日頃かれ中央線と井の頭線を使い分けて乗っていたんです。ここですよ下北沢で降りないでもここを通っていった、これが物語を膨らませます」
「中原中也も登場させたいとい希望ですね、彼は『北沢風景』というエッセイを書いています。おやっと思いますがこれは上北沢のことです、しかし、遠からぬところに住んでいた。若い頃は三里も歩いていたといいますから歩いて当地に来ることは容易です。いいですよ、時空を越えて詩人が集まるとうことにすれば誰を連れてきても問題はありません」
(三)
「下北沢はかつては詩人密度日本一だったんです。歌人、詩人、俳人、有象無象ですね。やっぱりことは鉄道交差がなせるわざなんです。これは下北沢特有の舞台装置なんです。えっ?大手拓次、大木惇夫、北原白秋も出させる?」
「混乱の極みですね」
「そこが面白いところだ、なにしろ幻影の町だから……下北沢は」と大木さん。
(写真は「代田の丘の61号鉄塔」)



















