2023年11月28日

下北沢X物語(4833)―ふと聞きさした「机9文字事件」―

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(一)26日三茶しゃれなぁどで「世田谷まち作り交流会」が行われた。各グループが別れて互いに交流するものだ。割り当てられた机は「9グループ」である。ここにやってきた男性、「えっ、9グループか、思いだしちゃうよ、『机9文字事件を』」と謎めいた言葉を発した。「えっ、それなんですか?」、「いやね、まったく不思議な事件なんですよ。でもあの時代とてもショッキングな事件でしたよ」と彼は言う。今でも心に深く残っているらしい。「それ場所はどこなんですか?」と私、事件をすぐに土地と結び付けたがるのが己の習性だ。「それはね、砧南中学での話ですよ」

「当時、とても有名な事件でしたよ、新聞では何度も報道されましたからね」と彼は言う。」
 その彼は、「ひきこもり居場所カフェ in 下北沢」を開設しているという。

「ああ、私も教員経験があって当時は不登校と言っていましたね。解決を見出すのはとても困難でしたね。覚えているのは、学校までは平気でやってこれるのだけど、校門まで来るとそれが鉄の塊に見えてもう一歩も入っていけないということを言っていた子がいましたね。こころをほぐせればいいのだけどもそれが難しかったですね」
「まあ、いまは学校にどうして行かなくてはいけないのというぐらいで、ひきこもりはふんだんに居ますね」
 
 「ひきこもり」の話を聞いていると自身もひきこもりかもしれないと思った。私の毎日の日課はまず書くこと、そして散歩することである。たまに町歩きをしたり、また邪宗門に行って他人と雑談をするぐらいである。書くということ、散歩をするという趣味があるので救われている。

「人間ってむずかしいのですよね、一歩踏み出しがおくれるとヒッキーなって、場合によっては十数年も外にでないという場合ありますね、でも、きっかけがあると解決する場合がありますね、とっかかりですけど、それを見つけ出すのが難しいですね」と私。

(二)
 「机9文字事件」は、私は知らなかったが起こった当時は大きな事件として取り扱われている。Wikiの記事に詳しい。

発生
1988年(昭和63年)2月21日午前1時頃、東京都世田谷区鎌田の区立砧南中学校に、ストッキングで覆面をし、軍手をはめた男達が校門を乗り越えて侵入。宿直室にいた警備員(当時38歳)を粘着テープとビニールひもで椅子に縛り付けた上、トイレに監禁した。

3時間後、人の気配がなくなったところで警備員は自力で脱出し、警察に通報。警備員が校舎外に出てみたところ、校庭中央に大量の机と椅子が置かれていた。初めはそれが何か分からなかったが、屋上から見ると校庭に「9」の形状に机が整然と並べられ、さらにその右下脇には椅子9個が丁度「.(ピリオド)」のような円形に並べられていた。犯行に用いられた机447個と椅子9個は、宿直室がある校舎とは別棟の3階建ての南校舎から運び出されたもので、犯人は作業を大人数で行ったのは間違いなかったが、目的も動機も全く見当のつかない犯行であった。


 砧南中学、どこにあるか。野川と仙川が合流する辺りにある学校である。最初話を聞いたときは校舎から机を数個持ち出して9の字を作ったのかと思ったらそうではない。なんと447個も持ち出して9の字を作った、大がかりであった。結局警察の捜査が入ってその関係者は捕まった。興味を引く事件で、新聞にもことの顛末が載っている。

砧南中 「9」の字 卒業生の仕業 「1999年には我々がトップ」 世間に�狎觚性� 設計図描き周到に 5人逮捕 約10人、1時間40分かけ」『朝日新聞』1988年(昭和63年)4月21日付東京本社夕刊19面。

 一つの見方では世紀末の事件と捉えている。確かに世紀末という意識は多くの人の気持ちにあった。「2001年宇宙の旅」というものがあった、時間がどんどん経ってしまい、はるか先だった2001年すら超えていくという恐怖があった。

(三)
 世紀末という意識は私にも強くあった。『広島にチンチン電車の鐘が鳴る』は、ぜひともに今世紀末にまでに書いて出さねばならないという意識は強くあった。それでこの本奥付は1999年12月となっている。
 世紀が変わるときに何か残して置きたいという気持ちが当時の少年にあったものだろう。が、しかし、もう今は2023年11月だ。時間の経つのが恐ろしいほどに速い。
(交流会の様子)



rail777 at 18:18│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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