2024年05月18日
下北沢Ｘ物語（4944）―鎌倉橋の「閑窓一盞」碑―
（一）後になって、ああそうだったのかと思うことはよくある。つい最近、こんな記事に出会った、「『閑窓一盞』は昭和二十九年一月一日の朝日新聞に同紙の都合で『朝晴』と題して発表されたものである。後年、吉田精一教授出題の東大入試問題にも挙げられて、一部には早くから注目せられた佳品である」（『三好達治』 石原八束）とあった。北沢川緑道に詩碑を建てるときに達治詩のどれを刻むかさんざんに悩んだ。そうして選んだのはまさにこの詩であった。如上のいきさつは全く知りもしなかった。三好達治は1945年2月福井三国から疎開生活を切り上げ世田谷代田に転居してきた、そして1964年4月に死去する、当地では19年間居住した。昭和期最大の抒情詩人と言われる詩人、彼の生の痕跡は代田には何もなかったことから詩碑を建てた。
2004年に北沢川文化遺産保存の会を発足させた。まず埋もれた文化を耕すことから始めた。その一つが三好達治の旧居探しだ。年譜には「世田谷区代田一ノ三百四十三番地」とあった。しかしこの旧番地が今のどこに当たるか分からない。
旧番地探しは難しい、一応、旧番地は新番地のどこに当たるという資料はある。しかし、昔の番地は広い、それゆえにピンポイントで探り当てることは難しい。一番の情報は土地の人の覚えだ、「確かうちのはす向かいに三好さんは住んでおられた」と近くの河野さんのお婆さんの証言があった。これが決めてとなって分かった。
この話を聞きつけたのは夕暮れだった。半年も探していたゆえにその場所を確認せねば気が済まない。薄暗い中、そこへ急いだ。やはりその場に行くことは大事だ。
坂道になった路地の側に、その敷地はあった。「なるほどここだったか！」，感動を覚えた。坂道ゆえ駆け下る人は音を立てる。詩人はエッセイの中に、ここをくだる新聞配達の男の足音を聞いて年齢を当てていたと書いていた。
（二）
石川 淳が三好達治のエピソードを書いている。
小学校の校歌を作ることを頼まれたという話が出たときであった。校歌はどうもこまる。小学生のこどもがうたう歌だからね。その歌を作ったのがどんな人間かということになると、おれはこまるんだ。酔っ払ってうっかりへんなこともできない。三好はそういった。変なことはしまいと思われるような人間であった。そのときの校歌の依頼はことわったらしい。小学生のための歌はあえて作ろうとしなかった三好はバカな大人のためのはやり唄はどうか。これは作ろうにも作れなかったに決まっている。
日本の詩歌 22 三好達治 詩人の肖像 中央公論社 1967年
戦後の話だから世田谷代田でのことだろう。小学校の校歌は書けないと。校歌には必ずつきまとう故郷の山や川、それらを想像すると同時に書き手もが思われる、そのイメージ力がこどもには不足している？確かにしらべてみると高校の校歌は多く創っているが小学校のはない。
石川淳は、三好達治には、「詩人の風骨」があると述べる。頑固一徹でどうしても思ったことは言わねばならない、彼が天皇の戦争責任を述べて退位をと言ったのはよく知られている。
（三）
石川淳は『詩人の肖像』では「三国幽居」についても触れている。
幽居にはある時期に一個の女人が配置されていたという。そして，当時の三好の振舞にはいささか人目を引くようなものがあったという。わたしみずからその場に立ち会ったわけではないのだから、所伝はすべてわたしの耳にはプライバシーに関する一片のゴシップときこえる。ただこのゴシップにはいくぶん信ずべきところがあるかのようである。しかし、かりにこれを信じたとしても、幽居の内部がもっぱら恋のなやみ一本をもって賄われたように見るのは妥当ではない。
これは萩原葉子｢天井の花｣に書かれたことを言うのであろう。この作品一昨年映画化された。物語としては面白いものだ。映画になると詩人と美人では詩人が分が悪くなる。内容が想像できたゆえに私は見には行かなかった。（写真は、三好達治文学顕彰碑、除幕式など）
