2024年08月05日

下北沢X物語(4996)―ポーランド訪問紀行1 大竹輝明―

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・戦争の夏である、6日は広島原爆忌、9日は長崎原爆忌、そして15日は終戦記念日だ。戦争を思い起こすことは大事だ。多くの戦争経験者から話を聞いて来た。「二度と戦争はするな!」と誰もが言った。戦争は始まると終わらない、始めた者たちのメンツがあるからだ。疎開から80年だが、都市が守れないから学童を地方に移す。敗色の兆しだが、負けてなるもんかというメンツがある。疎開とは撤退である、が、国家は体面を繕う。それで意味不明の「疎開」を引っ張りだしてきて戦争を継続した。始めた戦争は終わらない、大事なことは始めないことだ。現政権は防衛費を増強して戦争シフトへと転換し始めている。国民の応分の負担も度を超している。過去の戦争の惨劇の例はアウシュビッツだ。ここを大竹輝明氏は最近訪れた。その訪問記を寄稿していただいた。(きむらけん)

ポーランド訪問 1 ワルシャワ

 先日、きむらけんさんにお会いした際、下記のお話を軽くした所、きむらさんのネットのメディアで発表したいとの事で、拙文をお許しいただきたい。
 80年前、日本の戦況は悪化の一途を辿り、学童疎開や特攻作戦が始まった。
 一方で「80年」の節目を迎えるのは日本だけではない。ノルマンディー上陸作戦も80周年となる現地のニュースが数ヶ月に散見されたように、第二次世界大戦、太平洋戦争に関する「80周年」が来年の8月15日まで続く。
 7月中旬から下旬にかけ、筆者は休暇を取得しポーランドを訪問した。ポーランドは8月1日にワルシャワ蜂起80周年を迎える。ワルシャワショパン空港に到着し、まず驚いたのが、蜂起の参加者の写真を中央に配した巨大看板が入国者を出迎えるのだ。日本では戦争に関連した記念日等をこのように大きく扱う事は無い。
(冒頭写真:ワルシャワショパン空港の巨大広告)

 1944年8月1日午後5時、ワルシャワ市内各地で蜂起軍は一斉にドイツ軍に対して襲撃を開始する。1939年の侵攻以来ドイツに支配された町を自分達の手で解放しようとの行動であった。この蜂起が成功していたなら、「戦勝記念日」として祝うべきものだろう。しかし実際には、2ヶ月にわたる抵抗は失敗し、20万の市民の命が奪われた上、報復として歴史的建築群を含む市街は破壊され瓦礫と化した。
 武装蜂起の背景には、ワルシャワ市に迫ったソ連軍からの援助への期待、一方でポーランド地下政府とスターリンの交渉はうまく行っておらず、ソ連軍の支援は期待できない、との両方の声が蜂起開始前に首脳部にはあったと言う。(案の定、ソ連軍はヴィスワ川を挟んでワルシャワへの進軍を停止し、ドイツ軍がワルシャワの蜂起勢力を完全に駆逐した後になって進軍を再開した。この進軍停止はソ連軍の補給線が整わなかったから、あるいは、後にポーランドを支配する為、反共勢力が自滅するのを待っていた、とも言われる)
 訪問前に予習した本(「物語ポーランドの歴史」渡辺克義著)には武装蜂起を英雄的な行為として称える評価と、不安を指摘する声を無視して多大な損害を被った反省の両方が同国にある、とあったがこの巨大な看板を見る限り、「英雄的行為」との評価が現在では主流なのだと感じた。
 空港から市内に入ると、ワルシャワ蜂起80周年のポスターはさらに多数見受けられるようになる。バスのラッピング車両や通りの広告塔、、、。そしてモニュメントや記念碑も市内中心部の目立つ所に数多く見受けられる。ワルシャワ蜂起に関する物も多いが、ホロコーストに関するものも多い。中でも人々を強制収容所へと運んだ鉄道をモチーフにした全長100メートル以上のモニュメントは重々しい。
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(写真:ワルシャワ市内の街路の広告塔)

ユダヤ人を鉄道で運んだ「集荷場」(トレブリンカ強制収容所に日々ユダヤ人を送った貨物駅の跡地。ユダヤ人をモノ扱いした事から「集荷場」と呼ばれ続けるそうだ)にも立派なモニュメントと多くの花束があった。
 何ヶ所かモニュメントを訪れて気付いたが、写真を撮影しようと思うと、他の訪問者がいて、なかなか撮影できない。
 日本では戦争関係の記念碑などは閑散としている事が多い。しかしワルシャワでは市の中心部が戦跡でもあり、訪れる人も多いのだろう。
 ワルシャワはナチスドイツ支配下、ユダヤ人迫害の舞台の一つとなり、ポーランド人はそれに加担した側面もある。そしてソ連軍の「解放」の後、1989年まで続いたソ連の支配。これらを考えるとポーランドの歴史は実に複雑である。
 市内に多く見受けられるモニュメント群は、その歴史を受け入れ、忘れまいとする役割があるのだろう。
 ワルシャワ蜂起博物館に赴くと、街中の広告の効果もあるのか、かなりの混雑であった。実物資料、映像、模型などをかなり演出的に組み合わせ、武装蜂起に至るまでの背景などを含めてエンタメ的にも楽しめるように工夫されている。実際子どもを含めて若い世代の来館者も多い。自分達の歴史を知ろう、というポーランド人の関心の高さを実感する。
 日本とポーランド、それぞれの背景があるので単純な比較はできない。しかし、歴史、特に戦争の歴史をどう受け継いで、そして伝えるのか、その意識や姿勢には学ぶ点があるように感じた。

P1000396(写真:貨車部分には十字架、枕木には地名が描かれモニュメント)

(写真下:ワルシャワ蜂起博物館の展示の一部。武装蜂起の際、蜂起参加者が着用した腕章。奪ったドイツ軍服を着用していても、腕章で判別して同士討ちを防いだ。
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rail777 at 15:24│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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