2024年08月14日
下北沢X物語(5002)―講演会「鉛筆部隊と特攻隊」 2―

(一)私たちは順繰りに年老いてゆく、生きてそして死ぬ、その時間の経過の中で歴史は作られていく。大事なことはその歴史を伝えていくことだ。ことに子どもに伝えていくのは重要だ。昨年、鉛筆部隊の語り部として代沢小で話をした。その全員分の感想をいただいた。特攻隊員が出撃した後に、学童に手紙が届いた。「後の世はお任せします」と。この言葉に触発されたのだろう。「後の世は、私たちに任せてください」と三人の学童が書いていた。「しっかり生きていきます」という子どもなりの返答だ。子どもに話が伝わると嬉しい。今回小六の子が参加した。彼女の感想、「飛行場には記録がないのに、子どもの手紙や日記でわかったことがあるというのがすごいと思いました」と。講演の核心を衝いた言葉で聞いていた人たちは拍手を送った。眼前に展開されるドラマを見たようだった。
根本は、記録の問題である。各学校には校務日誌がある。それを見ればまず日付があって「疎開学童の壮行会は午後九時から、出発は十時」と記録されている。この校務日誌は今でも残っている。
陸軍松本飛行場、地元では地名を取って「神林の飛行場」と呼んでいた。当然のことだが業務日誌がある。
松本市が発行した『伝えたい私たちの戦争体験』(2013年)がある。ここに「飛行場の庶務課で」と題した証言がある。岡野さつきさんは女学校を出た後「昭和二十年四月半ば過ぎに勤めに出た。勤め先は飛行場ですぐ採用となった」。「仕事は、飛行機を直す整備兵がどこの格納庫に何人いるか、という日報を書くことだ」と。ここには「各務原陸軍航空廠松本出張所」があった。彼女はここの日報を記す係だった。
格納庫の日報は大事だ、ここで特攻機の爆装改修を行っていた。業務は刻々と変わっていく。各務原の本廠から連絡が入る。「九九式襲撃機十五機受け入れは可能か」と。
「おおい、日報を持って来い」と長が部下に命ずる。
「はい、確認、1号格納庫30名、2号格納庫34名、3号と4号は空いています。整備員総数○○名、よって十五機は可能です」
(二)
記録ほど大事なものはない。が、この国はこれを大切にしない。改ざんすら平気である。明日は、15日、終戦記念日だ。この国家の後進性はこの記録の扱いにある。敗戦が決まったとたん、戦争指導層は何を考えたか、「やばい」だ、記録があれば追及される。なければ追及されない。
この閣議決定(ポツダム宣言受諾)が、行われた頃、陸軍中央官衛の位置する市ヶ谷台上においては機密書類の焼却が開始されていた。終戦の聖断直後、参謀本部総務課長及び陸軍省高級副官から全陸軍部隊に対し、機密書類焼却の依命通牒が発せられ、市ヶ谷台上における焚書の黒煙は八月十四日から十六日まで続いた。
『現代歴史学と戦争責任』 吉田 裕 青木書店 一九九七年刊
これは中央官庁ばかりではない。地方の公共施設も同じだ。その存在が容易に想像がつくのは「陸軍松本飛行場日誌」である。どこの何隊が何機で飛来して来た。そこには機種名と人員数は記録されていた。
飛行場の記録は燃やされた。焼却された書類を運搬したという証言もある。間違いなく焼却処分されている。記録が一切残っていないのである
(三)
私は疎開学童が残した手紙や日記などを調べてきた。また彼らの証言も聞いてきた。
その記録や口述に失われた事実が書き留められていた。
彼女はそのことを私から聞いて、現地には記録はないけれど世田谷には残っていたと知った。それがとても印象的だったという。先にも述べたが私の主張の核である。それを彼女が聞いた、他者が理解をした。小六生の彼女に伝わったことは大事なことである。
○付記
今朝の朝日新聞に「海自『遊就館』を集団見学」という記事があった。
遊就館は同神社の展示施設。太平洋戦争を「大東亜戦争」と表現し、戦争末期の「特攻」を「わが国古来の霊魂不滅の死生観と武士道精神に支えられ、国家民族の存亡の危機際して表出した壮絶な戦法」と説明している。
国家存亡の危機に対して一個の生命を武器として捧げた行為は賞賛される。特攻賛美の考えだ。人間人として生まれたならば授かったかった命は大事にすべきだ。人の命を人柱として使って戦うことは許されない。国家はこの国に生まれた者に希望と夢を与えて育てていくものだ。ゆえに特攻という戦法は国家がなすべきではない。特攻は賛美されるべきではない。下馬図書館のアンケートの中に「特攻賛美なのか」という感想が一つあった。それでここに付記した。
特攻で戦死された方は、立派である。が、私は特攻戦法は賛成もしないし賛美もしない。特別攻撃として特殊な戦法をとった。これは人間としてしてはならない。これまで特攻隊の動向を記した著書を五冊書いた。が、特攻賛美者ではない。私は彼らが生き、そして死んだ。その記録を残しおきたいという思いから書いてきた。(写真上、鉛筆部隊の松本明美さん(右)信濃新聞新聞より、写真下は下馬図書館提供)
○朝日新聞デジタル 疎開先で出会った特攻隊員 「こひしくて…」と少女がつづった手紙



















