2024年08月17日
下北沢Ｘ物語（5004）―講演会「鉛筆部隊と特攻隊」 4―
(一)我々の日々の記憶は曖昧だ、が、記録に３月２８日と書いてあれば確実に過去に遡れる。大田幸子さんは吉原薫軍曹が疎開宿の上空でこの日宙返りを試みたと記録している。全く別の人も彼女の記録を裏付ける証拠を残していた。大槻統さんである。彼はこの日浅間温泉の女鳥羽川の河原で遊んでいた。そのときに超低空で一機の戦闘機が「すごく低くうで飛んできて急こうかをします。ぼくたちはむ中でようふくをふりました」と書いている。これは絵日記で航空少年の彼は機の絵を残している。単発、固定脚、複座のそれが描かれている。吉原機の搭乗機は九九式襲撃機である。まさに絵に描かれた通りである。大田幸子さんの記録は別の人の絵日記でも確かめられた。吉原さんは２８日に出撃を前にしてお世話になった学童にデモ飛行を見せに来たことは事実である。
昨日、吉原薫軍曹の消息を知りたいと付記に記したが、フェィスブックのコメントにこれに共感するコメントがあったことは伝えておこう。
１９４５年２月１０日、新京で発足したのは特攻四隊だ、扶揺隊、蒼龍隊、武揚隊、武剋隊である。このうち武揚と武剋隊とが松本に飛来してきた。
2004年8月14日のNHKスペシャルで「遺された声〜録音盤が語る太平洋戦争」が放映された。この番組の狙いだ。
旧満州国でラジオ放送された録音盤二千二百枚が中国で初公開された。そこには開拓移民の証言や特攻隊員の遺言など、戦時下の市民・兵士の肉声が刻まれていた。声を残した人々の足跡を追い、総動員体制で遂行された太平洋戦争の実像に迫る。
実は、ここに特攻四隊の生の声が録音されていた。各隊１５名、総勢６０名が故郷にいる人々に向かってメッセージを発した。これの収録が満州新京で行われた。放送は日本にも中継され、全国で流された。
特攻兵の６０人の声も復元の努力がなされた。しかし復元できたのはたった二人だった。それは武剋隊の小林勇少尉であり、武揚隊の吉原香軍曹であった。
（二）
扶揺隊の故久貫兼資さんは古河市にお住まいだった。その彼を訪ねたときに「遺された声」の話は聞かされた。「番組の対談はこの家で収録された」と。
「吉原もこの家にもきたことがある。しかし彼は亡くなったよ」
古河市から遠くないところに住んでいたようだ。
その彼が放送で語ったことは、つぎである。
この度、不肖吉原軍曹は、特別攻撃隊の一員として、郷土の皆様、ならび家門ご一同様に一言述べさせていただきます。国語の先生、いろいろとご教訓ありがとうございました。小学校の皆様も一生懸命勉強して私たちの後に続いてください。皆様、きっと笑って艦船などに被害を与え、ご期待にそうべく頑張ります。ご両親さまなにくれとなくご心配をおかけしました。このご恩は決して忘れません……日の丸はちまき締め直しぐっと握った操縦桿、万里の怒濤、なんのその………よぅおうおおお……ワシントン……終わり。
彼は、逓信省航空局乗員養成所を受験した。受験資格は、「修業年限を5年とし、生徒は国民学校(小学校)初等科修了の男子を採用する」とある。受験において作文があったと思われる。それで国語の先生の指導を受けたようだ。
田舎の国民学校を出て航空機の乗員になったことは名誉なことだ。それで俺に続けと言ったのだろう。
このスピーチは誰もがとても緊張した。吉原薫軍曹がいかに緊張していたかが分かる。もう最後では時間が余ってしまって、わけのわからない歌をうたってしまった。
（三）
吉原さんの動向を記したたった２８文字で何が読み取れたか。
・吉原薫軍曹と疎開学童とのふれ合いは、確認できていない。しかし彼の宙返りは子どもに見せたいがためのデモンストレーションだ。東大原校の学童と彼とがどこかで間違いなく接していたと推定できる。
・出撃が差し迫っていたことがうかがわれる。出撃前に子どもたちを喜ばせてみようと試みた宙返り飛行だった。これらのことから、この日付を根拠にして武揚隊は３月末に松本を発ったと推理した。
吉原薫軍曹は懸命に努力をし一人前の操縦士になった。しかし、腕が上手くても、機が言うことをきいてくれないと目的は完遂できない。吉原機は台湾にたどり着く前に済州島に不時着した。とても残念だったろうと思う。（掲出した新聞は『信濃毎日新聞』８月１３日朝刊）
