2025年03月01日
下北沢X物語(5128)ー北沢川文化遺産保存の会会報第224号ー

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「北沢川文化遺産保存の会」会報 第224号
2025年3月1日発行(毎月1回発行)
北沢川文化遺産保存の会 会長 谷亀 �冢�
事務局:珈琲店「邪宗門」(水木定休)
155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
会報編集・発行人 きむらけん
東京荏原都市物語資料館:http://blog.livedoor.jp/rail777/
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1. 戦後の下北沢の変化 赤坂 暢穂(当会会員)
以下の文は、1941年から北沢4丁目に在住、1974年から40年間、名古屋在住の他は、同所にいる者の印象記です。
駅周辺の景観の変化、道路の区画はほぼ同じ:地元の地主には、土地区画整理事業の経済的効果が見込めず、元の区画のまま、空襲に合わず、地形の特徴もあり街路が迷路のよう、意外性、猥雑さを持った街を形成することになったのでしょう。
高い建物がなかった:現在、高い建物は本多劇場が入る1982年建立のハイタウン、1990年建立の北沢タウンホール、他マンション等ですが、まだそれほど多くありません。高い建物が出来始めたのは大凡、1980年代以降です。
生活密着型の店が多かった:現在の東口前にあった下北沢北口食品市場に代表される平屋トタン屋根の下に生鮮食料品、戸板1枚位の所で女性が野菜を商う店が約10軒、米軍放出物質等の店、市場内の通路は一人が歩ける程でした。商店街は住宅と店が一体化し生鮮食料品を始めとした生活必需品が揃う所でした。映画館はオデオン座他計4館。現在、生活密着型店はほとんどなく、若者相手の店になりました。食品関連は、オオゼキ他食品スーパーに集約されました。現在、店と経営者の住宅はほとんど分離、経営者の住宅は郊外へ、店は高い賃料が取れる全国展開する店が出店、個性がなくなりました。
木綿の生地と洋裁関連の店が多かった:今は古着屋の街で有名ですが、1970年代以前は、木綿の生地屋が多い街で知られており、女性の需要に応える生地、ボタン、糸等を扱う店が多く、沿線各地から洋裁必需品を買物に、「シモキタマンボ」と呼ぶ女性ズボンの流行発信地でした。洋裁関連品の需要は個人消費のみでなく沿線に映画の撮影所があり、小田急線代々木上原駅そばに(株)東京衣装、渋谷区神南のNHKや渋谷区代々木の文化服装学院から業務用の需要がありました。
1970年代半ば以降現在:1970年代半ば頃から下北沢は大きく変化したようです。女性の社会進出、ファストファションが流行、低廉な洋品が容易に購入可能になり、洋裁関連店は、徐々に減少、現在、生地専門店は1軒のみです。演劇の街では、1981年にザ・スズナリ、1982年、本多劇場が創業、駅周辺に10を超える劇場があり、その内7つは本多一夫氏の創業です。商店街振興組合が主催、下北沢演劇祭が開催され今年で35回を迎えます。音楽の街では、1975年に下北沢ロフト、ジャズバーLady Janeの開業、これらの店は多くの文化人が集う場所の魁でした。これらの店の開業後からライブハウスができ、音楽練習場も複数開業、レコード屋が数店あります。1991年に開始した北沢音楽祭は2009年より下北沢音楽祭になり「異世代共存響声」をテーマに掲げ多様な客を惹きつけています。2019年小田急線が代々木上原駅-世田谷代田駅間2,2kmが地下化・複線化、線路跡地が再開発され、同年から2021年に小田急電鉄が新しい「下北沢らしさ」の創出を掲げ、テナントを選定、線路跡地に商業施設、遊歩道等を完成、街が一変。2022年、京王電鉄が井の頭線高架下に商業施設「ミカン」を開業しました。
戸建住宅や学生、単身者下宿、アパートから細分化された戸建、集合住宅の増加:1970年代前半まで、駅から約500mの範囲は、戸建住宅と学生や単身者向け下宿、アパート地帯でした。現在、学生、若者世帯の多くは高賃料で住めず、若い家族持ちは、子供が小学校低学年になると郊外に転居、小学校が5校から2校へと統廃合が進みました。
2、「絵日傘社」「詩神社」はいずこに
詩歌雑誌「絵日傘社」があった。住所は世田谷代田一一二八番地だ。日本の古本屋で調べると「詩歌雑誌絵日傘」がヒットする。「2巻3号」とある。刊行年は昭和五年だ。この一帯に詩歌人が集まっていたことは分かっている。しかし、出版社もできていたことは知らなかった。あまりこの社の情報はない。
検索では【富澤次郎】『一匹の蟻』1930/繪日傘社/54p/19cmがヒットする。
石堂保も「日傘社」では引っかかる。雑誌に関係した詩人としては西谷勢之介がいる。佐藤惣之助の「詩の家」に出入りしていた。が、絵日傘社はその全貌はよく分からない。
下北沢文士町の前史にあたるものだ。「絵日傘」というタイトルから童詩ジャンルではないかと思いもするが。番地からすると大原町だったように思う。ここには詩人の福田正夫が住んでいた。あるいはその関係性はあるのだろうか。
詩神社は、世田ヶ谷区下北沢九二五にあった。昭和四年から六年の文芸年鑑に載っている。「鯉」、詩集は宮崎孝政著だ、ここに「下北澤の詩神社のがらんとした中に、彼は一人ころがつてゐた」とある。ネット検索では、「大正15年、教職を辞し上京。田中清一が創刊した『詩神』に作品を発表し始める。9月、第一詩集『風』が森林社より200部刊行される。昭和3年、『詩神』の編集を担当。編集者としても才能を発揮する」とある。
これもネット。「詩神」詩雑誌。大正一四・九〜昭和六・一〇まで確認。編集発行人田中清一。田中の主宰のもとに、福田正夫、清水暉吉、宮崎孝政がつぎつぎと編集に参加して、詩壇の公器としての性格を持つ雑誌になった。福田正夫、清水暉吉は下北沢在住だ。一帯に詩人が多かったことから早くに出版社ができた。
3,好例 桜満開時 安吾文学碑前での地図配り

毎年行っている当会発行の「下北沢文士町文化地図」の配布活動を、代沢小安吾文学碑前で実施したい。地図を配りながら、通行人と交流する。町場でのコミュニケーションがこれを通して自然にできることが楽しいし、面白い。単なるお仕事ではなく、配布する側の精神解放にもなる。
楽しくなければ文化ではない、この活動立派な文化活動である。土地の歴史を伝えたり、文化人情報を知らせたり、こういうことを通して情報が入ることもある。
地図配布活動を通して、新たな文化人情報が入ってくることはよくある。ぜひ楽しみながら地図を配ってほしい。場所はいつも通り代沢小安吾文学碑前である。
問題は、いつ配るかだ、桜の開花予報は出てはいる、今月末らしいと。やはり配るのなら満開時がよい。
日時が決定したら、会報臨時版を出して会員には知らせたい。
4、文化サロン開催のご案内
新しい試みとして昨年12月から毎月月末に、文化について語り合う「文化サロン」を開催している。言ってみれば雑談会である。文化というのは土地の匂いのことをいう。それぞれの人がそこに住んでいることで何かの影響をうけている。吾等は下北沢をベースとして活動をしている。が、当地と異なったところに住んでいる人は、全く違った観点で物事を考えたり思ったりもしている。多種多様な人と話し合うことで目が見開かれもする。
これへの参加は自由である。誰でも参加できる、開催場所は代田『邪宗門』である。ここで毎月集まって文化を語っている。参加費はかからない。各自が飲んだお茶代だけを払ってもらうということにしている。
とくにジャンルを定めているわけではない。文学、芸術に限らない。水路の話でもいいし、鉄道の話でもいい。みんなが集まって楽しく文化交流をするものだ。気軽に来てほしいものである。世田谷の掲示板に告知したらここから来られた方もいた。とても面白かった。再度来られるとのことなので興味深い会だったのだと思う。
今度は四回目になる、期日は3月29日(土)14時からとしたい、おいであれ。)
5,町歩きの案内
毎月、皆が楽しめる町歩きを行っています。公募して希望者が4名集まったら成立します。雨天の場合は中止です。希望コースも募集しています。
第204回 3月22日(土) 世田谷の二大巨人を歩く
案内者 きむらけん 世田谷代田駅改札前 13時30分集合
駅前→代田の丘の61号鉄塔→駅構内ダイダラボッチ→出頭山跡→地蔵尊→ダイダラボッチ跡(弁財天)→守山地区会館(ダイダラボッチ跡碑)→代田図書館……バス……野沢銀座→野沢稲荷神社→鶴ヶ窪公園→第三のダイダラボッチ跡→中丸小学校→野沢龍雲寺バス停。
概要:ポイントは二点、世田谷の巨人、詩の巨人は萩原朔太郎だ、これをシンボライズしたものが代田に建つ大鉄塔だ。まずこれを見学し、つぎにダイダラボッチ探索だ。世田谷のダイダラボッチ跡は三カ所ある。�‖綸牒¬鄲��2芝蓮�これらを訪ねる斬新な町歩きである。途中代田・野沢間はバスで移動する。
第205回 4月20日(日)「文化人がこよなく愛した成城を巡る」
案内者 幾田充代
小田急線「成城学園前駅」中央改札前(成城石井店側改札)13時30分集合
概 要:大正12年の関東大震災、昭和2年の小田急線開通、成城学園前駅設置を機に、澤柳政太郎は牛込区原町(現・新宿区)で開校していた学園を成城に移転、財団法人成城学園を設立。街は学園とともに発展し、多くの文学者・文化人も移り住みました。さらに、街の南に映画撮影所(現・東宝スタジオ)ができると、監督や俳優などもこぞって移住。家々は生垣や植木で美しく保たれ、並木は四季折々の風情で街を彩ります。古くから親しまれている本屋や古書店、センスのよい喫茶店やレストランが並び、下北沢の路地散策とはまた趣きの異なる成城散策を楽しめるでしょう。
コース: 柳田國男旧居(成城6丁目)(現・孫の柳田清彦邸/緑陰館ギャラリー)→水上勉旧居跡(成城6丁目)(平塚らいてう邸の庭と裏庭が隣接していた)→三船敏郎旧居跡(成城6丁目)→大江健三郎旧居(成城4丁目)→稲垣浩旧居(成城7丁目) →大岡昇平旧居跡(成城7丁目)→成瀬巳喜男旧居跡(成城7丁目)→旧澤柳通り(成城学園創立者・澤柳政太郎に因む)→成城学園前駅で解散 (歩行約4km)
◎申し込み方法、参加希望(開催の一週間前までに申し込む)費用については 資料代含めて500円 町歩きの参加申し込みは、連絡幹事のきむらけんにメールで申し込む
宛先メルアド:k-tetudo@m09.itscom.net
■ 編集後記
▲「戦後の下北沢の変化」を赤坂暢穂さんに書いていただいた。当地下北沢は繁華な街である。しかし、大きな変化が押し寄せている。特徴的なことは小学校が三校一気に統廃合されて下北沢小学校だけになった。近隣小学校はこれほど大きな統廃合はない。やはり繁華な街は、ごく一般的な市民が住むには難がある。地価が高い、だから家賃も高い。若夫婦が住める街ではない。高齢化も大きい。年を取った人が地所を処分して余所に移っていったり、老人ホームに入ったりする。跡地はマンションになる。こういう変化を受けてやはり街は大きく変化している。秋には、赤坂さん案内でそういう街の変化をつぶさに見て回る町歩きもいいのではないか。
▲毎回、エッセイや論考を募集しています。ぜひご投稿ください。
▲会報は会員と会友にメール配信しています。後者で迷惑な場合連絡を。配信先から削除します。会費は銀行振り込みもできます。芝信用金庫代沢支店「北沢川文化遺産保存の会」代表、作道明。店番号022。口座番号9985506
新しい年になりました。会費をよろしくお願いします。会費1200円(据え置き)
散歩参加の折、事務局直接支払いもできます(封筒に会費としてお名前をご記入ください)
▲町歩き情報に特化したメールを配信している。配信希望はk-tetudo@m09.itscom.net へ。
◎当会への連絡、問い合わせ、感想などは、編集・発行者の きむらけんへ。



















