2025年03月03日

下北沢X物語(5129)ー文化サロンもたちまち3回目ー

P1000616
(一)「今日はどちらへ?」「『ええ、今日は文化サロンがありまして』というのはかっこいいですね」と会員の一人が言っていた。なんとなくおしゃれだ。が、これも思いつきで始めたのだが案外に受けている。文化は誰もが蓄積している。が、それは経験の輪切りのようなものである。しかし、各自が持っている記憶が触れ合うと、そこに一つ貫通した文化が見えてくる。当地一帯は小田急が切り開いた、当初は揮わなかったが昭和四年の『東京行進曲』、「いっそ小田急で逃げましょうか」と謳われて一気に脚光を帯びた。「あれは駆け落ち組の利便を言っているけど、なんかこのところ沿線研究をしていると、左翼の利便性を言っているんじゃないかと。どうしたってアカは特高警察に追われるでしょう、玉電や京王で逃げたのでは追いつかれる。けれども、小田急の急行だったらたちまち姿を眩ませられる!」突拍子もないことを思う……

 三人よれば文殊の知恵、話し合っているとたがいの知識が表出される、すると化学反応が起こって話題が沸騰することがある。文化とは参加して面白がることである。

 高校に入ったばかりのころ、先輩がやってきて「原爆詩」を読むのですよ、一年生は何もよくわからずにびっくりです。誰かが気持ちわるいと言ったのですよ。ちょうどお昼だったのでこれも一年生が「お腹がすいたしね食べよう食べよう」と言ったら、やってきた先輩が突然に「なんだお前たちは」と切れてしまったんですよ。

「それは一体いつのことですか?」
「ええっとね、今勘定するから……ああ、昭和三十七年よ」
 及川園子さん。
「そうか戦後十七年ね、そういうふうな歴史の振り返りをしていたんだ!」
 戦争中は学童たちは疎開した、皇民化教育を徹底的に教えこまれた。そして先生たちは戦争が終わると「これからは民主主義なんだよ」舌の根の乾かないうちに豹変した。先生たちは許せない、疎開帰りの学童も長じて左傾化したのだろうか?

(二)
P1000613
 沿線文化が面白い、ちょうどこの月初めは会報発行の日である。
 このところずっと外部の知識人に書いていただいている。今回は、赤坂暢穂さんに書いていただいた。「戦後の下北沢の変化」と題したものだ。

 長い間、当地一帯の文化を調べている。地域文化である。昨日は散歩の途中、尾山台図書館脇を通り掛かった。区の図書館の地域資料コーナーにはその土地にしかない、冊子とか本が置いてある。それらには土臭い、本当に文化的なものがひっそりと書棚に隠れている。そこに何と自著が置かれていた。「ミドリ楽団物語」だ。代沢小学校を軸とした児童楽団の広がりを描いたものだ。アメリカの三大ネットワークの一つに映像が放映されたこともあった。学童疎開と密接に結びついた話だ。地域文化の棚にあることは間違ってはいないが、見つけた方はびっくりしてしまった。

 下北沢は解放都市だったことは言える、疎開学童は都会文化を田舎に持ち込んだ。疎開先では子どもを楽しませるために学芸会や音楽会を開いた。音は外に漏れてしまう。それを通して田舎の子どもは心を打たれた。それは都会文化そのものである。いえば都会文化の田舎における照り映えだ。それが大きなドラマをもたらした。屈折的な文化現象だ。

(三)
 長年、当地一帯の文化を調べてきた。これを深化させたのは鉄道である。小田急線であり、井の頭線である。両線の交差がきっかけとなって周辺人口が増えた。それに伴い、交差部を取り巻くように小学校が開校していく。親の遺伝子を引き継いだ学童が、教師とふれ合って能力が開花した。一種の文化の継承である。

 下北沢地区における学校の統廃合は大きな変化である。親から子へ、子から子へといういわば循環が機能しなくなってきた。都市構造の大きな変化である。一日の文化論はそこに始まって熱を帯びた。やはり文化は面白い。

 「文化サロン」次回は四回目になる、期日は3月29日(土)14時からとしたい、おいであれ。



rail777 at 17:49│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔    星