2025年03月12日

下北沢X物語(5136)ー文士町文学論と堀田善衛 6ー

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(一)堀田善衛は下北沢に住んでいた。「若き日の詩人たちの肖像」は1930年台の街の動向が分かる。一帯のアパートや下宿屋には、多士済々、女給、お妾さん、大学に行っていない学者、下っ端の映画俳優、劇団に出入りしている作家志望の青年、留学生などが居留していた。その人々が交わることで衝突が起きたり、融和が育まれたりした、混沌とした文化がここに渦巻いていた。その断片断片が「詩人たちの肖像」なのであろう。分かってみると堀田善衛は引っ越し魔だった。下北沢だけで三カ所も転居していた。同じ場にいたことは彼にとっては都合のよいことがあったからであろう。とふとそんな一軒で中山義秀の弟子とも出会ったという。やはり自己開花を目指して若者たちが群雄割拠していた。

とふと、堀田善衛が住んでいた住まいを見つけたくなった。一つは「下北沢の、このガードに近い二階建てのアパート」だ。手がかりは、「ガード近くという地勢」だ。このガードは井の頭線だ、道を上を通るガードが三カ所ある。駅のすぐ側、あずま通り、茶沢通りのガードだ。二番目は前者は古道沿いだ、アパートは井の頭線ができてから人々が当地になだれ込んできたことで建てられた。古道には旧住民がいる。妥当だと思ったのは茶沢通り沿いだ。この通りは新しい。イメージ的には駅から延びた新開地にあった、その脇にあった建物だと想像した。
 
 ついこの間、226事件があったばかりだ。この町には左翼系は群居していた。公安もこのアパートに目をつけていた。彼も常日頃公安に目を付けられていた。そして、「下北沢の、このガードに近い二階建てのアパート」、突然に彼らが否応なく踏み込んで来た。そして「あのテ」のものを出せという。結局彼は彼らによって淀橋署に引っ張られる。

(二)
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 彼はアパートから公安警察にしょっぴかれていった。

 下北沢の駅まで来て、どこへ行くのだと、と問うつもりで刑事の顔を振り返った。彼はぴたりと脇について、腰縄が早く駅へ来ている出勤者や学生などに見えないようにと気を配っている。若者のつもりでは、行き先の次第によっては切符を買わねばならぬというつもりであったのだ。ところが刑事は、にやにやと笑い、呆れた奴だ、と言うほどの心持ちであったろう。
「買わんでよろしい」 「若き日の詩人たちの肖像」(既出)


 逮捕されて署へひっぱられていく。この場合、分かることは彼が逮捕されたのは初回であったことだ、電車に乗るのにも要領が分からないそれで「切符を買うのか?」と問うた。このときは今のように小田急と京王とでは乗り場は改札では一緒だった。

(二)
 益の改札係を彼は見知っていた。

 おそらく彼は、思想担当のこの刑事が下北沢近辺に多く住んでいる文筆家や学生などを連行して行くのを改札のことをしながら、それまでに何度か見ていたのであったろう。 そうして連行された、人々が長く、長く長く留め置かれて、容易なことでは戻って来ないということを、これも改札のことをしながら知ったのではなかったか。
『若き日の詩人たちの肖像』(既出)


 興味深い記述だ、一九三十年代のことだ。この下北沢一帯に居住していた人の実態だ。自由業の文筆家にそれに左翼がかった学生たちがいた。日頃公安は彼らを目に付けていた。
駅は人々が集まってくるところだ。

 有人改札で係は切符で乗るものにはハサミでパンチを入れた。改札にはその切りくずがいつも散乱していた。駅員は定期にも目を通す。日々のことなので彼は乗客の顔も覚えていた。常に出入りする公安警察はよく知っていた。

 この頃の改札は、小田急も京王も一緒だった。駅に入ってから行き先を決めても何の支障もなかった。が、今は、改札が各線別々になった、自由ではなくなった。

(三)
 電車で彼は連行されていく、上りか、下りか、それは上りだ。

 電車が代々木山谷の陸橋の下をくぐりかけていた。従兄の家は見えなかったが、渋谷宮益坂の下宿を二年前に引き払って、その後に移った山谷参宮荘というアパートが崖の上に見えていた。 (同著)

 彼は上り電車に乗って淀橋署に連れていかれるところだった。途中山谷を通る、陸橋は参宮橋だ、ここを通過するとき人々は帽子を脱いで礼をした。明治天皇への敬意を表すためだ。堀田善衛はこの山谷にも短期間住んでいた。分かってみると何のこともない、彼、堀田善衛は引っ越し魔だった。下北沢在住も一時だった、三回もここで引っ越している。今日はその地帯を歩いて見に行ったのだ。




rail777 at 18:19│Comments(2)││学術&芸術 | 都市文化

この記事へのコメント

2. Posted by きむらけん   2025年03月13日 15:39
>>1 すぎたまさんこんにちは 山谷駅は何年か前にその跡を調査しました。山谷一帯は文士村ですね、有名なのでは岸田劉生、坂の途中で斜度を測っていたら、卒業生のお母さん、切り通しの坂の斜度を測っていると答えました。改札パンチわたしも人にもらったもの持っています。切りかすがちらばっているというのも当時の駅風景ですね。また、折があったらエッセイをぜひ書いてください。
1. Posted by すぎたま   2025年03月12日 23:27
きむらけんさまこんばんは。

記事中に出てくる「山谷」には、小田急線の「山谷駅」があったはずです。現在もわずかなホーム跡が残っているようですが、昭和20年休止、翌年廃止になっています。
改札パンチ、懐かしいですね。実は多数廃品になったものを所有していますが、駅員さんがカチカチやっていたのは、動きの良いものでないとやれませんし、指を間に入れずにパンチを動かさないとやれません。
やり方としては、右手の親指と人差し指の間の部分でパンチの上の方を押さえ、中指と薬指でパンチの下半分をぶらぶらにしつつ上に持ち上げるようにしながらカチカチ音を出し、切符を切るのです。いわゆるペンチで針金を切る時とは、かまえが違うのですよね。

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