2025年03月13日
下北沢Ｘ物語（5137）ー文士町文学論と堀田善衛 7ー
（一）ワーズワースの詩に「汽船、高架橋、鉄道」というのがある。近代に忽然と出現した高架橋もまた人の目を奪うものであった。下北沢と池ノ上を結ぶ、高架橋も出現時には驚きの風景であった。子供らにはときめきだった。帝都線最前部に陣取って窓から顔を出して叫ぶ、高架上の風が口に飛び込んで来て異様な経験ができた。下から見ても高所を走る電車はかっこ良かった。堀田善衛言うところの「下北沢のガード近くという地勢」にはこの近代は眺め見る者には心地よい景観だった、かつては総てがつちの土手、ツクシがよく採れた。アパート二階からは、乗客の顔が見えた。
このアパートに住む若者、詩人志望の彼は「あのテ」の本を持っていて、近くの大地堂古書店に行っては売払った。店主は北陸弁なまりがあって好感を若者は持った。
若者は公安警察にとっ捕まって淀橋署に連れて行かれた。容疑も何もあったものではない、ある重要人物が来日をする、よからぬ動きをするのではないかということでの予防拘禁であった。「若き日の詩人たちの肖像」では、「満洲国の皇帝が東京へ来たというだけのことで、二週間も放り込まれる」と記述する。
満洲国皇帝の溥儀が日本に来て天皇に面会した。このことに深い興味はない。が、このことは役立つ。その歴史的な出来事は記録がある、年月日だ、これが分かれば堀田善衛が下北沢に住んでいた時が分かる。時代相を知るのにも好都合である。
満州国皇帝溥儀が初めて来日したのは一九三五（昭十）年四月六日だった。
高岡市の堀田善衛研究家の野村剛さんは、「堀田の一番詳細な『年譜』は2008年神奈川近代文学館で開催された特別展「堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。」のパンフレット掲載のもの」との指摘。その系統の年譜の一部がネットにある。
一九三六年（昭和一一年） 一八歳。慶応大学法学部政治学科予科に進学。入試のために上京したところ、二・二六事件に遭遇する。
（二）
頭が混乱してきた。皇帝溥儀来日時には堀田善衛は上京していない。来日時の翌年に慶応大学法学部に入学している。東京生活は翌年の一九三六年（昭和一一年）からでないといけない。
池沢夏樹が「『父にあれ（「若き詩人たちの肖像」）はおもしろいですよ』と言ったら、『ああ、あれは嘘ばっかり』と笑って言っていた」（『堀田善衛を読む』集英社新書）と父は福永武彦だ。
「若き詩人たちの肖像」は自伝小説、虚構もある、期日については必ずしも正確ではない。
若者は十三日間、拘留されてやっと娑婆に出る。ここで興味深かったのは詩人との交流だ。
「銭湯を出て散髪屋に入った。これから会うであろう新宿の詩人たちに自分が十三日間、顔を出さなかったこと……」とか。「彼ら若い詩人たちのグループとは別に、この同じガラス張りの二階の喫茶店の別の片隅にはもう一つのグループがいた」とか。
（三）
下北沢は便利な町だ、雑多な人種が集まっている。居住の場ではその人々との接触があった。しかし、若者は他の詩人仲間との交流は新宿が中心だった。下北沢と新宿、電車での距離の近さがあった。文士町での人々の交流の実態がここに見えてもいる。
論議的接触もあれば、人的交流的な接触もある。また個別的なものもある。集団的な詩人交流は新宿の方が盛んだった。一方下北沢では、知り合い同士が個別に接触をするとか、歌系統、俳句系統はその系統の者が集まっていたようにも思う。
（写真：今日の多摩川、昨日の井の頭線ガード）
