2025年03月18日
下北沢X物語（5140）―下北沢の堀田善衛 3―
（一）都市は変貌を続けている、堀田善衛は学生時代、十六カ所も転居した。十数年経って、そこがどう変化したのか検分に行った。どこもここも「猛烈な変化変貌」を遂げていた、驚嘆したほどだ。それぞれの箇所は青春時代にさまよったところだ。彼は変貌したその町を見て「男が残して来た筈の書きものものが失われた」と感じ、「また彼らの若かった詩人たちの仕事や記憶もまた時間のなかに、ひとしく失われた」と述べる。深い喪失感を思った。自身もまた他の詩を志す青年の過去はもう失われてしまった。『若き日の詩人たちの肖像』は彼自身と、そのとき同時に生きていた詩人たちを哀惜している。その変貌を遂げた町には痕跡は何もなかった。
「すっかり街が変わってしまいましたね、駅に降りたとたんまるで別の街に来たかと思いましたよ。激変しましたね」
下北沢の小田急線の地下化が終わって、かつて住んでいた人がやってきた。駅に降り立っての感想だ。踏切はない、電車も走っていない。かつての駅の面影はまったくない。
地下化工事が始まった頃から変化を見続けてきた。一番大きな変化は線路がなくなってしまったことだ。清水博子はかつての街こう述べていた。
小田急線と井の頭線が交差するひしゃげた座標軸が、じわじわと締め付けてくる。
『街の座標』 集英社文庫 2001年刊
街の核は「ひしゃげた座標軸」だった。しかしこれは小田急地下化によって一切合切が喪失してしまった。うちなるシンボルであった。核心がなくなったとも言える。
（二）
堀田善衛は下北沢のどこに住んでいたか。
当地ではでは三カ所に住んだという。想像だがこの三カ所は広範囲ではない、かなり狭い。具体的には代沢二丁目ではないかと思っている。
まずガード近くの二階建てのアパート、つぎが帝国石油北沢寮、そして文化アパートだ。これらは薄々見当がつきそうだ。最初のアパートは井の頭線のガード下、雑多な人が住んでいる。沢、森厳寺川の沿いの家賃の低廉なアパートではないか。
いつ住んでいたのか、大事なポイントだ。歴史事実としてはっきり分かっていることがある。
最初の、下北沢の二階建てアパートで暮らしていたときに満洲国皇帝溥儀が二度目の来日をした。このときに若者は要人に危害を加える恐れがあると思われ、予防拘禁された。それは、1940（昭和15）年六月だ。
井の頭線が開通したのが1933年だ、これによって下北沢は鉄道が交差する都市になった。利便性が増した。これによって下宿屋アパート、そして会社の寮が急激に増えることになる。
多分、「二階建てのアパート」も新線開通してから建てられたものだろう。次の帝石の寮、資本のある有名企業だ、低湿地には建てない。丘上の地盤のしっかりした場所に建てた。文化アパートはこれはすでに分かっている。文化集宅である。こちらも丘上にあった。
（三）
堀田善衛の下北沢での転居であるが、興味深い。階梯を経ているところが面白い。
川辺から丘上への転居である。三つ目の文化アパートは家賃が高かったという。
十六カ所も転居しているが、下北沢は三カ所だった。これには人が介在しているようだ。三番目の文化アパートは家賃が高かった。ここでは「劇作家の加藤道夫君がフランス映画のセリフの訳のアルバイトを紹介してくれた」とある。この彼は35歳で自殺している。世田谷に住んでいた。自殺したのは若林の洋館だったという。彼との関わりがあって同じ世田谷区内の下北沢に住んだのだろうか。
