2025年03月19日
下北沢X物語（5141）―下北沢の堀田善衛 4―
(一）現実を糊塗して生きているのが日本人ではないかと堀田善衛は言う、その例として「終戦」と「進駐軍」を挙げている、前者は負けを想起させない、後者は敵軍を和らげる言い方だ。上っ面をよくして取り繕う、今でもそれはある、が、堀田善衛は歴史文化の証言者だ、下北沢ではＸ交点の混沌とした人間関係の中で生きた。詩人志望の青年、新宿の女給、お妾さん、下っ端役者などなどだ。具体的な人名も出てくる、中山義秀の弟子筋である。その彼がなぜ下北沢にいるか。横光利一を慕っていたのは中山義秀である。彼の著作に「台上の月」がある。横光作の「蟻台上に餓えて月高し」から題をとったようである。横光利一、中山義秀、そして後者の弟子筋、それに堀田善衛。因縁はどこまでも続いていく。
『私の引っ越し東京地図』の続き、下北沢を拾っている。
代々木から下北沢で三ヵ所。このうちアパート二軒は完全に残っていて、一軒は帝国石油北沢寮ということになってい、もう一軒は傾斜地に一軒一軒が段々に立ったその頃としてはきわめて新しい形式の。 �猜顕愁▲僉璽鉢瓩半里気譴討靴�るべきものであった。
まずは沢沿いの二階建てアパートだ。つぎが「帝国石油北沢寮」である。大学生の彼がなぜ社員寮に入れたのか。恐らく知り合いがいて便宜を図ってくれたのではないか。感覚的にはアパートから近いところだ。場所は調べ中である。資本の潤沢な会社だ、丘上にあったことが容易に想像できる。
�猜顕愁▲僉璽鉢瓩蓮�間違いなく文化集宅のことだ、ここに居住していた人から話を聞いている。こじゃれたアパートで居住者も文化人であった。外国に行った人が、西欧建築に魅せられて作ったとのことだ。こういう建物があったこと、珍しくはない。下北沢が鉄道開通によって開けた。近隣には西洋館も多く建った。
（二）
お代がここが一番高かったが、死んだ劇作家の加藤道夫君がフランス映画のセリフの訳のアルバイトを紹介してくれてフランス語を始めて 半年ほどしか立たぬ文学青年が。 とにもかくにもやってのけてしまった。その翻訳料が思わぬ大金であったので、それでは、というわけで、ほんの二タ月だけその�猜顕愁▲僉璽鉢瓩砲い討澆燭箸いΔ錣韻任△辰拭�『私の引っ越し東京地図』
加藤道夫は劇作家、慶応では同期生だった。同校では彼と芥川比呂志とも同級で仲がよかったという。加藤道夫は三十五歳の若さで自殺している。
堀田善衛は、彼の自殺について触れている。
彼は終末期に近いニューギニアへ行った。そこで彼は地獄を見た。そのニューギニアの地獄が彼をつかまえて離さなかった、そのことを私は知っていた。
二つの衝撃ー松川事件第二審判決と加藤道夫の死
堀田善衛全集 14 1994年 筑摩書房
加藤道夫の自殺についてこの文章は触れている。「世田谷の加藤家に赴き通夜と葬式の準備を手伝」ったとある。仲の良い加藤は下北沢に近いところに住んでいた。その関係でもしかしたら当地に堀田は来たのではないかと思った。ところが、亡くなったのは「若林町にある広い西洋館」だった。
（三）
堀田善衛の研究者の野村剛氏は、研究者としての観点を教えてもらった。つぎのようなメールを戴いた。面白い展開である。
文士町文学論と堀田善衞、愉しく拝読しております。
「満州皇帝」はつまずきの石？ですね。
ただし、主人公の下北沢時代をいつとみたら良いのか、ということについてはいくつかの問題があります。
いま、詳細を記す余裕はないのですが、あくまで「余談」として少し書いてみます。
下北沢時代の拘禁を「満州皇帝の第二次訪日」から1940年とすることに、さしあたり、矛盾はありません。現に、少しの展開のあとに、作者自身、「十一月の空気は肌に冷たかった。一九四〇年の秋であった。」と書いています。
・・・が、そう想定すると、実はこの小説内でつじつまの合わない事態がいくつも？！でてきます（笑）。
このときは、「若者」は、まだ民法の試験をうける法学科の学生であり、仏文への転科は、翌年（すなわち1941年）の４月となります、こうなると、1936年に予科入学した主人公は、予科（３年間）か、進学した政治学科で、１年間休学ないし留年していることが前提となります。
書かれざる留年？はともかく、「若者」が仏文転科後にフランス語で出演する「商船テナシティ」上演の日時（これは、1940年です）とあわなくなります。
そもそも堀田善衞自身の慶應における予科から政治学科への進学は、1939年であり、仏文への転科は（1941年ではなく）「1940年」です。
堀田善衞と小説の主人公の年代が一年ずれていても、それは、自伝ではなく自伝的小説なのですから、問題ないのですが、作品内でつじつまが合わなくなるのは・・以上、冗言ですので、ご放念ください。
（写真、白黒は文化集宅、ここに堀田善衛は一時居留していた）
