2025年03月30日
下北沢X物語（5148）―文化サロンは今日も花盛り―
（一）不思議である、文化サロンを開いた日は時間が長い。思ったことは人は記憶を貯めて生きている。それぞれには固有の色合いが付いている。まさに文化である。サロンに集まると蓄えられてきたこれが一気に花開く。耳が三つぐらいないと聞き取れない。「詩を創るのが楽しかった、創って行くと世界が開けてくる」と弦巻の女性詩人。「Ｂ２９の銀色のお腹がパカッと開いて黒いものがフヒューと落ちてくる」と太子堂の古老。「近くに電車に住んでいる人がいた、窓が開いてフンドシが干されると」は上馬の彫刻家。「被写体は死んでいます、が、生きている角度がある、そこをカシャリと」これは調布の写真家、私は彼らの言動に色を付けて描いている。
昨日２９日は雨だった。文化サロンへは足が遠のくのではないかと思ったが、しかし心配することはなかった三々五々人が集まってきて話は、たちまち活気を帯びた。気づくと我等は消え去った歴史の扉を開いていた。もう懐かしい話ばかりだ。
太子堂の山本喜三郎さんの話は面白い、記憶が鮮明なのである。
「私は、昭和十九年に太子堂国民学校に入ったのですよ。ところが集団学童疎開は三年生からだから行けない。それで縁故疎開で島根県に行ったのですよ……三日ぐらいかかりましたね。遠かったですね、大阪駅ではごろ寝して翌朝津山へ」
「どこまで行ったのですか」
「木次線」
「懐かしい！、その線の何駅ですか」
「出雲八代駅」
といわれても記憶にはない。しかし、山間の小駅が浮かんできた。
「蒸気機関車でしょう？」
「そうそう、石炭があまりないから速度がのろいのですよ」
勾配を上る、機関車が思い出された。
（二）
「そこの淡島通りには経堂行きのバスが通っていた。木炭バス、お尻に釜がついていた。坂になるとすぐに止まったんだよ。我等ガキのころその手伝いをしていたんだ。あっちの坂ではすぐ停まった」
「淡島通りの坂、今の駒場高校の側？」
「いや、それは知らん」
「じゃあ、陸軍病院へ上る坂？」
「そうそう、それ、あそこではすぐ停まるんだ。乗客も降りてきてみんなで押すんだ。運転手は女子だったよ」
「えっ、女子だったのですか、とすると車掌も女子で、運転手も女子？」
そうそう運転手がいないから。
「我等は、上まで行くと、今度は渋谷行きがくる、これに乗せてもらって坂下で降り、つぎのバスを押すんだ」
バスで思い出した。
「このところ急に不便になったんですね。北沢タウンホール行きなんて頻繁に走っていたでしょう。ところが平日はよしとして、休日は一時間にたった二本になったんですよ。いつもはガラガラなのにもう龍雲寺前から結構人が乗っている」
聞くところによると間引きは全体に及んでいるようだった。経堂から来た橋本さんも大変だったという。
「しかし、バス運転手も女子だったというのは初めて聞いたな」
（三）
山本さん、カムカムおじさん、平川唯一の家の近くのようだ。
「あの元帥宅、屋敷といってもそんなに広くはないんですよ。」
畑俊六元帥の家はかむかむおじさんのすぐ近く太子堂にあった。
「アメリカ軍が接収するみたいなことで米兵が持ち物を持っていくんですね。そうするとかむかむおじさんの奥さん、よねが来て、英語でまくしたてて抗議をするんですよ。そうすると米兵はその剣幕に恐れをなしていましたね」
この証言は初耳だ、女子が運転したバスの話も証言がなければわからない。
文化サロンではこういう話のオンパレードだ、耳が幾つあっても足りない。
