2025年06月13日
下北沢X物語（5195）―帝都線の女子運転士―
（一）今朝の新聞一面トップは「25年番ジェンダーギャップ報告書」が出て日本は世界では118位、男女平等への意識の低さを伝えている。が、戦時中は男子が出征でいなくなった。背に腹は変えられない。鉄道では業務を女子に代行させた。駅員、車掌、果ては運転士まで女子に置き換えた。典型的なのは広島電鉄だ、急きょ家政女学校を創立し女子を募集して学業に就かせた。働きながら学べば高女の免状がもらえることから人気があり多くが集まってきた。都会に行けることも魅力で近隣島嶼や郡部から応募が多くあった。当初は車掌業務をさせていたが、運転士が払底してきて女子も運転をするようになった。東京でも同様なことが起こった。目撃情報として小田急線を女子が運転していたとの報を聞いていた。帝都線、現井の頭線も当初は女子車掌を採用していたが、運転士がいなくなり、ついには女子が運転をするようになったようだ。
女子がどのような運転をしていたか、興味深い。ただ市電線と電車線では大きな違いがある。前者の場合は大体がフラットである。止め方や動かし方を一通り習えばなんとかなる。「速度を出すことはない、ゆっくりでええんじゃよ」と教導運転士は習った。「コントローラーは三ノッチまででいいんだよ。」とも。
ただブレーキが難しかった。当時は回転式のブレーキハンドルを回して止めていた。
「あれがなかなか難しかったですね。グルグル回して止めのツメに引っかけるのですけどの、うまくひっかからないと反動で戻ってくるんですよ。これに手をひっかけて痛い目に遭うんですよ」
広島電鉄で電車の運転をしていた藤井照子さんに直接伺ったことがある。
運転は技術職だ、が、時間をかけてみっちりと教える時間はない。実際の電車に乗せて運転法を仕込んだ。指導教官が運転をして見せる。数回で代わりにやれと言われ。恐る恐る機器に触った。マスコンを緩めると電車は動く、数回の実地訓練をした。
「免許皆伝だ、明日から一人で運転するんだな」
「えっ！」
皆驚いたという。
（二）
「帝都１００系の運転」 新美善太郎
昭和19年後半には男子車掌に代わって女子車掌が乗務をし始めたとしてもあり、永い間男子ばかりの職場に女子車掌が入って来たものであるから、職場が俄然明るくなり女子車掌と組になった運転手を羨ましく思ったものだが私にもその後入隊するまでの間素敵な女子車掌さんと乗務することができて、一段と運転技術の向上につとめたものである。 男子乗務員は次々と入隊してしまい、その不足を補うために女子社員のほかに国から派遣された女子挺身隊（国の命令で軍需工場および輸送機関に動員される要員）の人々が配属されてきたので、車掌は女子が半数を占めるようになってきた。 昭和20年前半には、女子の運転手第一号が誕生したそうだが、20年5月の空襲車両の過半数を焼失してしまたためにその後は運転することがなかったそうである。
鉄道ビクトリアル ９月臨時増刊号 鉄道図書刊行会 1983年
現役の運転士が書き記している。
昭和十九年からはまず男子車掌に代わって女子車掌が乗務するようになった。
市電の場合だと揺れる車内で切符を販売し、それに入鋏するという仕事があった。慣れないとこれが大変であったと広電の女子車掌から聞いたことがある。
切符を売る場合は、金銭のやりとりがある。釣り銭の受け渡しも大変だった。
終点に着くとポール回しがあった。ロープを引っ張って反対側の架線にはめることが難しい。なかなかポールにはまらなくて苦労したという。が、電車車掌にはそういう仕事はない。
いよいよ戦争末期になると女子運転手が登場した。
市電の場合は、教導運転士が付き添い。数日間つきっきりで運転の仕方を教えた。
（三）
昭和２０年になると女子運転士が帝都線の電車を動かし始めた。恐らく前年末から練習運転を行っていたのではないか。
帝都線では下北沢駅を出ると下りは急勾配となる。ここの制動に女子運転士は一番気を遣ったのではないか。
運転席から見ると崖が代田側に転げ落ちているのが分かる。
「怖がるな、速度は抑え気味にしてゆっくり下ればよい。」
教導運転士はそう教えたのだろうか。
「大事なことは乗客の具合だな、後ろを振り向いて大体の乗客を掴んでおく。乗客の多寡がブレーキに影響するのだ。だから少なかったら思い切ってノッチを上げ気味に入れる、速度がついてきたらブレーキを掛ける」
（写真は、井の頭線下北沢駅と新代田間の風景）
この記事へのコメント
4. Posted by きむらけん 2025年06月17日 15:07
>>3 ありがとうございます。広島電鉄家政女学校の運転士の場合、上げるのは３ノッチまでだとのことでした。そうですね、直列で速度が出ないようにしていました。
3. Posted by すぎたま 2025年06月17日 04:27
きむらけんさまレスありがとうございます。
もう一つ思い出したこととして、昭和20年に近い時期となると、既に並列制御は使っていない時期であったでしょう。電力節約のためですが、マスコンの2ノッチくらいまでしか入れないことにして、制御器が直列段までしか入らないようにしていたと思われます。
また4個モーターのうち2個を取り外していた車輌や、空気圧縮機や電動発電機を故障のため下ろしていた車輌も運用に入れていたので、更に運転や編成は難しかったと思われます。鉄道ピクトリアル286号などに記述がありますね。
もう一つ思い出したこととして、昭和20年に近い時期となると、既に並列制御は使っていない時期であったでしょう。電力節約のためですが、マスコンの2ノッチくらいまでしか入れないことにして、制御器が直列段までしか入らないようにしていたと思われます。
また4個モーターのうち2個を取り外していた車輌や、空気圧縮機や電動発電機を故障のため下ろしていた車輌も運用に入れていたので、更に運転や編成は難しかったと思われます。鉄道ピクトリアル286号などに記述がありますね。
2. Posted by きむらけん 2025年06月14日 15:53
>>1 ありがとうございます。当時の女子運転士はブレーキ操作で本当に苦労したでしょうね。当時の鉄道、女子運転士の実情はほとんど分かっていませんね、小田急の女子運転士は甲州街道の陸橋の上から「確かに見た」と証言する人がいました。もう亡くなられました。帝都線は２０年５月２４日の空襲までは動かしていた。地下鉄銀座線も女子運転士がいたんですね。始めて知りました。
1. Posted by すぎたま 2025年06月13日 22:41
きむらけんさまこんばんは。
当時の帝都線や小田原急行線の電車ブレーキは、当時は一般的な「自動ブレーキ」でしたから、後年の「電磁直通ブレーキ」とは異なり、ハンドルの扱い方からして異なるものでした。
自動ブレーキの制動は、ブレーキ地点に電車が到達すると、ハンドルを「制動」位置に回し、電車が減速をはじめてその制動力を保ちたいときにはハンドルを「重なり」位置に動かします。そうするとその時点での強さでブレーキが掛かり続ける状態になります。
効きすぎの時は一度ハンドルを「ユルメ」位置に動かしてエアを抜き、再び「制動」位置に入れますが、この加減が全体に難しいのです。
後年の電磁直通ブレーキの車輌は、ハンドルの角度に沿って制動力が変化するので、強いブレーキをかけたいときは「全制動」位置までハンドルを回せば良いし、少しゆるめたいときはハンドルを少し戻せばいいだけなのです。
というわけで、当時の急採用の人々は、ブレーキの扱いには苦労されたと思いますね。オーバーランとか、手前で止まってしまうとか、結構やらかしていたのではと思います。
地下鉄銀座線を任された女性運転士さんが、空襲をよけて地下に避難してきた人々が線路を歩いているのを発見し、とっさに逆転ハンドルを「後ろ」に切り替えてマスコンを引き、急ブレーキ状態にすることで事なきを得たと、古い鉄道雑誌に記載がありました。
当時の帝都線や小田原急行線の電車ブレーキは、当時は一般的な「自動ブレーキ」でしたから、後年の「電磁直通ブレーキ」とは異なり、ハンドルの扱い方からして異なるものでした。
自動ブレーキの制動は、ブレーキ地点に電車が到達すると、ハンドルを「制動」位置に回し、電車が減速をはじめてその制動力を保ちたいときにはハンドルを「重なり」位置に動かします。そうするとその時点での強さでブレーキが掛かり続ける状態になります。
効きすぎの時は一度ハンドルを「ユルメ」位置に動かしてエアを抜き、再び「制動」位置に入れますが、この加減が全体に難しいのです。
後年の電磁直通ブレーキの車輌は、ハンドルの角度に沿って制動力が変化するので、強いブレーキをかけたいときは「全制動」位置までハンドルを回せば良いし、少しゆるめたいときはハンドルを少し戻せばいいだけなのです。
というわけで、当時の急採用の人々は、ブレーキの扱いには苦労されたと思いますね。オーバーランとか、手前で止まってしまうとか、結構やらかしていたのではと思います。
地下鉄銀座線を任された女性運転士さんが、空襲をよけて地下に避難してきた人々が線路を歩いているのを発見し、とっさに逆転ハンドルを「後ろ」に切り替えてマスコンを引き、急ブレーキ状態にすることで事なきを得たと、古い鉄道雑誌に記載がありました。
