2025年06月29日
下北沢X物語（5206）―文化サロン：森茉莉居住の倉運荘の想い出―
（一）昨日は、恒例の文化サロン、昔話に花が咲く。急に中央線のスイッチバックが話題になった。「勝沼にあった！」「韮崎にもあった！」「初狩にも！」「笹子！」……私は小学校で話すときにこの話をする。「松本行きの疎開列車は夜中に突然に止まった。そしてゆっくりとバックしスピードを速める。『先生ぶつかって死んじゃうよ！』すると引率の先生『いいかみんな聞け、あんな物理の法則というのがある。いかな汽車とて急坂は一気に登れない……と先生が話し始める……」しかし今回一番おもしろかったのは倉運荘アパートの話だ。広瀬正二さんは、森茉莉が住むアパートの真上に住んでいた。「いやボロボロのアパートで朝日が壁の隙間から昇ってくるんですよ。壁中隙間だらけなんですよ。ところあるときその隙間から煙がもくもくと出てきたんですよ。『火事だ！』大騒ぎになったという。
文化サロンに埼玉の東松山から広瀬正二さんが参加された。この方は森茉莉が住んでいた倉運荘に住んでいた。二階に居住していて真下が彼女の部屋だったという。
「森茉莉のエッセイに二階で足を踏み抜いた人の足が見えたというようなことを書いていたように思いますが」
「そういうことはあり得ますねアパートはガタガタでいつ壊れてもおかしくない雰囲気ですから。何しろ壁に隙間が空いていて冬なんか風が吹き込んできて寒かったですね」
「倉運荘にどうして住むようになったのですか？」
「私が住む前に先輩が住んでいました。その部屋を引き払うということを聞いていました。何しろ家賃が安かったですね、月五千円でした。とびっきり安かったもので私は先輩が抜けた後に借りたんですよ。私は二年間住んでいました。卒業して就職が決まったので引き払いました。年号でいうと昭和四十四年、四十五年ぐらいですね」
（二）
昭和44年は1969年だ。11月、佐藤首相・ニクソン米大統領会談は「安保堅持、1972年沖縄返還」と日米共同声明発表した。
「倉運荘は、最寄り駅は下北沢になりますが、渋谷だと池ノ上駅を使っていましたね。あの頃バイトしていたものですから夜遅く池ノ上駅で降りて、倉運荘に帰るのですが、ちょうど佐藤首相邸の西側の道をくだって行くのですよ。」
「なるほどね、道を下れば道なりにいくと倉運荘にたどりつきますね」
「佐藤首相邸はいつも警官が詰めていましてね、夜遅いから通ると必ず呼び止められて職質を受けましたよ。『おいきみきみこんな遅い時間にどこへ行くんだね？』『私は淡島の倉運荘に住んでいます。遅くまでバイトがあったんで今ここを通って帰るところなんです』『本当かね？何か危ないものでも持っているんじゃないか、その荷物を改めさせてもらおう。それと学生証を出してもらおうか」
「通り道なんですけどね夜帰ろうとすると必ず引っかかるんですよ。二三度、そんなことがあってもう池ノ上で降りるのをやめたのですよ」
佐藤首相私邸にはニクソンと交わした核密約文書が保管されていたという。
「あの東どなりに作家の田村泰次郎が住んでいたんですよ。その家に行って娘さんから当時の話を聴いたことがあるんですよ。『学生デモが私邸までやってきて機動隊とぶつかることがありました。それをいつも父はここからよく眺めていましたよ』」
「代沢二丁目、高級住宅街ですね、あの一帯要人が住んでいましたね。佐藤首相邸の東側に東条英機邸がありました。昭和16年10月、東条英機が首相になったときにかつ子夫人が盛装をして代沢国民学校に挨拶に来たのです。子息を学校に通わせていたからです。子どもの学級にも挨拶に来て、『明日から官邸に移ります』と別れの挨拶に来たそうです。これは同じ組にいた子から私は直接証言を聞いています」
（三）
下北沢文士町、これには軍人はマークしていない。が、かつての代沢の清風苑跡には高位高官の軍人や官僚が多く居住していた。元帥の杉山元もその一人だ。奥さんは、元帥が市ヶ谷台で自決したという報を聞いて、自ら所持していた短刀で代沢の自宅で自害している。近代史の密かな知られざる情報がそこかしこに眠っている地域である。
