2025年07月14日

下北沢X物語(5216)―『鉛筆部隊』の功罪について―

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(一)『鉛筆部隊』は秘められた歴史秘話である。これを明るみに出したのはSNSである。とは言うもののこの経過を語ることは容易ではない。SNSでの交流は二者から成り立つ。つまりは、発信者がいて受信者がいる、この二者の関係が巧く結び合わさることが大事である。発信者は私である、先に紹介したように、「鉛筆部隊」の存在を知ったのは、浜館菊雄著『学童集団疎開』からである。言葉で知っただけでなく鉛筆部隊の当事者と出会ったことでその実在を確かなものにできた。私はその経過を含めて『鉛筆部隊』をSNSに流していた。この言葉を検索で引いてきた人がいる。骨董市で購った古手紙にこの四文字を見つけ人だ。不思議に思った彼、矢花克己さんは早速にこれを検索に掛けた。

 買求めた古手紙のいずれにも「鉛筆部隊」と判が捺されていた。それは物証である。矢花さんはこれらに日付順に通し番号を振って整理をされた。その現物は私に届けられた。

 記念すべきNO1だ。

 元氣に勉強してゐるか。まだそちらへ着いたといふしらせだけを受けたばかりだが餘り
手紙が来ないのはいそがしく楽しく勉強してゐたのだらうと思つてゐる。池ノ上は二十日のそかいだそうな。くわしい手紙をくれよ。


 これは下北澤四ノ三五三から父親の立川繁さんが出した葉書だ。

 一人娘のことが心配で心配でならないようだ。池ノ上は、池ノ上の国民学校のことだ。

 これに対する往信がNO2である。

  お父様お手紙ありがたふ。毎朝ラジオ体操に行きます。空気がつめたくて東京みたいに朝からむし暑くありません。きのふは川にかにを取りに行きました。石をのけるといっぱいかにがゐました。日にあたつてみんなじよ夫になるでせう。私はとても楽しいです。
 きのふべんきようをしました。私はお手紙や冩真を見ると元氣がつきます。お父様の手紙が一番早く着きました。みんないいわねといつて手紙がくるのをまつてゐます。
 私たちの宿屋の二階から山がとてもよく見えます。室は二階です。景色がとてもいいです。


 これは八月十九日の消印がある。浅間温泉千代の湯から出されたものだ。

(二)
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 鉛筆部隊の功罪と書いたが、先生が家に手紙を書かせたことは素晴らしいことであった。学童たちは元気だというが本当は東京が恋しくて恋しくてならない。そんなときに手紙が来ると子どもは救われる。みんながうらやましがった。

 手紙が来ると皆が集まってくる。東京の情報はどんなことでも知りたい。
「ねぇ、手紙を貸してちょうだい、裕子さん」
「いいわよ」
「……あ、においを嗅ぐと東京のにおいがする。」
「えっ、ほんと!、貸して貸して」

 温泉は夜になると松本駅からの遠汽笛が聞こえてくる。「ポー」という音を聞いただけで背中から悲しみが湧いてくる。知らず涙がでてくる。
 
 学童を慰めたのは環境だ、女鳥羽川に行ってかにと戯れる。そして窓から山を見る、どんなに心が慰められたか。そんな中で手紙というのは最高のものだ。
 これは言葉の貯金箱でもある。ときおりこっそりと取り出しては読む。すると汽車ではなく電車の音が聞こえてきた。

(三)
 先日、戦後80周年の特集記事を出したいということで、生協が出している雑誌で私を取材したいと。そのときに二人の小学生が参加して、世田谷平和資料館で疎開の展示物を一緒に見た。
「疎開学童は、みんな日記や手紙を書くことを奨められたんだよ。手でね、字を書くことはとても大事なんだよ。手と脳というのは繋がっているようで繋がっていない。手で字を書くとこれが信号となって脳に伝わるのだよ。そうすると言葉が脳に蓄積されていくのだね。いまはみな指タッチで入力するでしょう。これだと脳にあまり蓄積されないのだよ。だから自分の指で字を書くことは大事なんだ」
 字を懸命書くことの功がこれなのである。
(写真は、鉛筆部隊の学童、先生は柳内達雄。高田さんの絵本)



rail777 at 18:11│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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