2025年08月29日

下北沢X物語(5245)―小学校4年生の戦争への思い―

CCI20250829
(一)27日朝日夕刊は、終戦の日に靖国神社を参拝した人は、6万3千人、昨年より倍増したと報じている。「かつての軍国主義を支えた国家神道の中心施設」である。戦後80年節目だから参拝しようというので増えた。松本浅間温泉で特攻兵に出会った学童たちは特攻兵から靖国に会いに来てくれと何人もが言われた。特攻で死ねば靖国に祀られるというのは国家的プロパガンダだった。上原良司は、「日本は敗れる。俺が戦争で死ぬのは、愛する人たちのため。戦死しても天国にいくから靖国神社にはいないよ」と述べた。浅間温泉には館林分校でいっしょだった長谷川信が来ていた。この彼も靖国にはいない、猪苗代湖畔の長谷川信碑に眠っている。「浅間温泉望郷の歌」では、「世界平和が来ましたならば愛し懐かし日の本へ」と歌われた。死んだら自由である、歌の作詞者を彷彿とさせるものだ。

 小学4年生の寺田直志君、「松本にやってきた特攻隊」を夏休み自由研究の課題に選んだ。

 特攻隊というのは第二次世界大戦の時にあった「特別こうげき隊」のことです。飛行機に乗った兵隊さんが自分もいっしょに命をかけて敵のふねにぶつかって攻撃する作戦でした。帰ってくることは考えられていませんでした。特攻隊には自ら志願した人や表向きは志願でも本当は上の人からの命令をことわれずになった人もいました。

 「夏休み自由研究のあらまし」が、冒頭に書かれる。積極的に志願した人もいるが上官に言われて仕方なく志願したと。的確な分析である。

(二)
武揚隊飯沼芳雄伍長
 特攻戦法は、「外道の統率」と言われる。神風特攻をはじめて採用した第一航空艦隊司令長官大西滝治郎海軍中将の自分自身に対する言葉である。

 戦争の基本は継続である。繋いで繋いで弾が果てるまで続ける。が、特攻は消耗を大原則としている。自軍の虎の子をまるごと兵器に使って人間と機とが敵艦にぶつかっていく。が、命を擲っての戦は惨いと思う。自軍機に爆弾を乗せて突っ込む。人間の死を前提とした戦いである。これは沖縄戦での特攻は戦争末期に採用された戦法である。狙いは一撃講和にあったという。特攻によって少しでも情勢を有利に進め敗戦するにしても有利な条件でというのが狙いだった。人の道に外れた戦法だ。

 陸軍最後の特攻は7月19日だ、台湾の各基地から出撃している。狙いは敵への牽制だとある。負けがこんできたがどっこい我らはまだ生きていますよという敵側に対す信号である。こういう消耗戦になぜ生きた若者を使って攻撃する必要があるか。このところ特攻を賛美する風潮があるが、それはおかしいと思う。個々人の人権などまったく存在しないのが特攻である。

 武揚隊の飯沼芳雄伍長(写真)は最後の特攻に参加した。が、飛行機の不調で宮古島の崖にぶつかり死んでしまった。この場合は特攻出撃にはならない。特攻戦死者名簿には載っていない。

(三)
 寺田君の全体を通しての感想だ。

 もし家族が特攻隊になって死んでしまうことを考えるととても悲しいし自分でもぜったいにできないと想った。若い人たちが片道分のねん料だけで出撃していたことや浅間にたいざいし、松本空港から飛び立っていたと知り驚いた。
 きっととても悲しい気持ちで松本を出て、みんなや家族のために亡くなっていたのにこれをなかったことのようにするのはかわいそうだと想う。

 こんなことをくり返さないために自分のまわりにいる人の気持ちや立場を大切にして平和を守っていきたいと考えた。
 それと国が戦争をおこすとこうやって自分や家族が死んでしまう。だから国が戦争をおこさないようにするには勉強をして、ぼくは何ができるのか考えつづけていかなければならないと思った。




rail777 at 18:17│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔    星