2025年09月17日
下北沢X物語（5257）―究極的都市文化論 ２―
（一）かつて「見晴荘」はとても人気のある名だった。下北沢にもあった。森厳寺川左岸崖線の上にあったことから眺望がよく。こう名付けられた。ここには文学志望の青年が集まった。巽聖歌、与田凖一、藪田義雄、そして新美南吉だ。最寄り駅は下北沢、どこへ行くにも便利だった。「今日は、君らがいつも来てくれているから、私がやって来た」と祖師谷大蔵から来た北原白秋。見晴荘住民は白秋の門下生。家賃低廉なアパートには文学志望の青年が住んだ。親分が小田急線に乗って彼らを慰問に来る。当時の文学交流絵図である。根幹、基幹は小田急線だ、人々と行き来するのが容易だった。文学志望のさすらい人がやってくるはずである。
文士町をさすらった文学志望の青年たち、とても興味深い。先回、最後に紹介したのは吉田一穂である。前から彼が下北沢に寄留していたことは掴んではいた。
彼には全集がある。全三巻、別巻一である。吉田一穂は異質な詩人である。
別巻一には年譜がある。
昭和４年（1930）三十一歳
七月 この頃世田谷区下北澤一四番地へ轉居（幡ヶ谷村一五四三番地から）
昭和６年（1931）三十三歳
四月二十日頃、市外松澤村松原一一二〇番地（後の松原町三丁目一一二〇番地）に轉居。
このことについて、折良く、猪熊雄治先生から情報を戴いた。
（吉田一穂全集）三巻収録の書簡集を見れば、昭和四年七月七日の平田千代吉宛葉書
には「転居仕り候 市外世田谷下北沢七一四」とあり、六年十月十九日の春山行夫宛葉書の自分の住所は「市外松沢村松原一、一二〇」で、その前の七月の春山宛葉書では、下北沢となっていますから、この間に松原に転居したようです。
下北沢在住は二年弱ということになる。旧番地が厄介である。下北沢七一四はどこか、分かる方おられたら教えてほしい。
（二）
見晴荘の与田凖一のことを書いたが。たまたま手元にある資料を見ていたら興味深い記事があった。与田自身のことを書いた記事だ。
一番、鮮やかなのは、僕が祖師ヶ谷の北原邸で白秋先生に波紋を宣せられた時、その席にいた吉田さんの記憶であり、その印象です。「きみは先生を批判した。Sがそのことを知らせに来た、破門だ」 要約すれば、なまいきである、追放だと師はいうのでしたが、それはそしてぼくが波紋に値したと思いましたが、吉田さんは終始微笑で同席していました。 散々しかっておいて、先生はビールだとなり、吉田さんと浅酌しながら、僕が自身の不覚に涙したのを眺めながら、吉田さんの同意を求めながら、ビールの肴にしながら。それはじっさい不覚に値しました。 が、また、Sの卑劣にも僕は涙していましたが。 そのうちに「弟子が師を批判して越えようとするするのは、条理として当然だ……」という先生の結論に至りました。吉田さんは、ただ無言のまま、終始微笑していました。
与田凖一「吉田一穂とメルヘンにかかわる者の心覚え」１９７０年 仮面社一穂体系付録
まず吉田一穂が祖師谷の北原白秋邸に出入りしていたことだ。彼は白秋を敬愛していた。白秋本の解説などを手がけている。
（三）
猪熊雄治先生からは、もう一つの情報を戴いた。
小泉苳三ですが、小泉が創刊した短歌誌の「ポトナム」、生誕百年記念となった94年4月号には「小泉苳三先生転居覚え書き」があり、そこには「昭和五年一月 市外世田谷町下北沢六六六」とあります。その前後には「昭和四年五月新潟市東大畑通一番町」「昭和五年九月 長野市妻科丙五四」とありますので、下北沢に居たのは、八か月ほどだったのでしょうか。年譜では昭和2年12月新潟商業学校、5年9月長野県立女子専門学校となっていますが、この間離婚、再婚があったようで、「仮寓」と自称するような心境だったのでしょうか。
下北沢界隈を流浪していた、詩歌人の消息が少しずつ分かってくる。
吉田一穂の存在は大きい。詩歌への批評観点は鋭いものがある。
（写真は北原白秋と小田原）
