2025年10月01日
下北沢X物語(5266)―北沢川文化遺産保存の会会報231号―

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「北沢川文化遺産保存の会」会報 第231号
2025年10月1日発行(毎月1回発行)
北沢川文化遺産保存の会 会長 谷亀 �冢�
事務局:珈琲店「邪宗門」(水木定休)
155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
会報編集・発行人 きむらけん
東京荏原都市物語資料館:https://rail777.livedoor.blog/
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1、下北沢は詩人のまち きむらけん
「下北沢文士町文化地図」は、現在9版である。改稿に改稿を重ね、一帯に居住する文化人の旧居をマークし続けてきた。「よくまあこれだけ調べられましたね」と人には言われる。しかし、全貌はよく分かっていないというのが本当のところである。
文士たちが多く集っていたのは確かである。それは詩歌人である、詩人、歌人、俳人である。これらはみなさすらい人である。実際にどこかからやってきて当地に寄留し、しばらく経つとどこかに行ってしまう。まさにさすらい人である。つまりは寄留期間が短いのである。だから痕跡が残っていない。
下北沢はさすらい人が集まる町だ。長く住んだ人の代表格としては萩原朔太郎、三好達治がいる。この二人は当地で終焉を迎えている。この二人もよくいう、流れ流れてきて当地に住んだと。自らをさすらい人だという。
下北沢はさすらい人が集まる町だ、これは交通によるところが大きい。具体的に言うと鉄道が交差していることだ。それは小田急線と井の頭線である。特徴は利便性である。近代の感性にあっている。当地にはさまざまなものが集まっている。手軽に降りて行動ができると言う点がある。
昔から歯科が多い、ちょっと降りて歯医者に、教会も多い。ちょっと降りて礼拝に、現在はスタジオが多い、ちょっと降りてスタジオに、ちょっと降りて演劇を見るもありだ。 ちょっと集まって句会をする、ちょっと集まって歌会を開くというのは盛んだった。有名なのは中村汀女だ、この間、茶師の大山景源さんに会った。彼は俳句をたしなんだ。彼は汀女さんの会に入っていた。下北沢在住の人は多く彼女の句会に入っていたと。
俳人では宇田零雨、上甲平谷、歌人では尾山篤二郎、清水乙女などがいた。
福田正夫は詩人である。下北沢に多くの詩人が集まってきたが彼の影響によるところが大きい。彼は早くに下北沢に住んでいる。
彼はもともとは小田原在住である。ところが大正十二年(1923)九月一日の関東大震災に出会い無一物となった。福田正夫全詩集年譜にはこうある。
十二月一日、福田家の事業を捨て、臼井四郎の援助にて東京市外世田谷下北沢八〇九番地に居を定め、一家を挙げて上京。
彼は、「民衆詩人」と呼ばれる一派の中心的詩人である。それでこの下北沢の家に多くの詩人が集まるようになる。しかしこの場合の下北沢というのは京王線笹塚に近かった。この線は市電で単行であった。ゆえにこの電車を利用して詩人たちは集まってきた。
「詩神社」、詩の雑誌を発行する会社である。もともとは都内にあったが郊外の下北沢に越してくる。ただこれが何時だったか不明だった。しかし、ネット検索によって「よみうり新聞彙報欄『よみうり抄』・大正十五年(昭和元年)」につぎのような記事が見つかった。
大正十五年三月十六日
▲詩文雑誌「詩神」四月号より市外世田ヶ谷下北沢八百九主観社に発行所を移した。
笹塚を最寄り駅とする「東京市外世田谷下北沢八〇九番地」に大正十二年十二月に詩人の福田正夫が転居してくる。自宅には「主観社」という看板が掲げられた。「主観」という同人雑誌の本部である、詩文雑誌「詩神」もここで発行された。関係者が福田正夫宅に多く出入りしていたのはこれら雑誌の編集所になっていたからだ。
福田正夫の下北沢の家、彼はここから転居して隣町大原に引っ越す。彼は人と接することが好きだった。それで彼のもとには大勢の詩人たちがやってきた。『福田正夫 詩と生涯』(冬至書房新社 1980年)は詩人を偲ぶ追悼文集であるが、多くの詩人が稿を寄せている。このほとんどは彼の家に訪ねてきて親交を深めたひとたちだ。中には石垣りんもいる。
私を含む何人かの女性が、福田正夫の指導でわずか十頁ほどの同人雑誌『断層』を創刊したのが昭和十三年十一月。
福田は女流詩人を育てていた。
福田正夫は、下北沢から西隣の大原に居を移す。ところが昭和二十年五月の山手空襲で焼け出される。それで彼は下北沢に転居してここで生涯を終える。
吉田一穂という孤高の詩人がいる。彼の年譜「定本 吉田一穂全集 別巻」(小澤書店 1993年刊)昭和十三年(1938)にはこうある。
この頃の生活はまさに赤貧状態に達しており、以後二年にわたり福田正夫に物資的な援助を受ける。
福田正夫は面倒見のいい詩人だった。大原や下北沢に居住ているときに多くの詩人の精神的、物質的な支柱にもなっていた。これによって当地に住まいする詩人が多く集まってきた。下北沢はさすらいの詩人が多く集まる場だった。吉田一穂もこの下北沢に住んでいた時期があった。最近分かったことで言えば『若き日の詩人たちの肖像』を描いた堀田善衛も下北沢に住み、当地では三箇所を渡り歩いていた。
以前に、下北沢に密集している詩人たちのことを私は、こう書いていた。
改訂8版「下北沢文士町文化地図」には新しく旧居が判明した者を加えた。全体で詩歌人だけで20名ほどいる、加えて、詩歌関係では居住が分かっていても場所が分からない者もいる、宮柊二、吉田 一穂、伊藤信吉、別所梅之助、大岡竜夫、福田蓼汀、志田義秀、志田延義、志田素琴などだ。これとて氷山の一角だ、三十数人の上にさらなる人間関係を加えればどれだけ詩歌人が集まっていたかは分からない。「下北沢文士町」は詩人密度日本一というのははったりではない。なぜにかくほどに詩歌に関係する者たちが集ってきたのか?今は創られた街に魅せられて若者が集まってきている。が、詩は金ではない、心だ、かつてはこれに恋い焦がれて青年は集まってきていた。抒情の集まる街だった。
昭和初期頃は、文学青年たちは熱病に浮かされるように詩に憧れた。故郷にいて、上りの終列車のテールランプを見ると青年は熱病に罹った。金より心の時代だったと言える。
谷川俊太郎は、青年に詩人をめざすなと言ったという。理由は、詩人になったとしても食えないからだ。が、それでも詩は心を捉えて放さない。今でも趣味で詩を書いている人は多い。
2、文化サロン開催のご案内
期日は11月1日(土)14時から 邪宗門にて
こんどは十一回目となります。文化サロンと言っても雑談会ですが、三人寄れば文殊の知恵、会話を通して学ぶことが多いと思います。おもしろいのは断片的に蓄えられていたことがふとした会話によってつながり、真実を知ることはよくあります。
広瀬正二さん、森茉莉が倉運荘に住んでいたとき、彼女の真上に二年間も住んでいたとのことです。森茉莉のボロアパートはよく聞く話です。
「倉運荘はボロアパートで隙間だらけなんですよ。朝日が壁の隙間に昇ってくるのです」
この証言はとてもリアルなものだと思いました。サロンではこういうリアルなこぼればなしが聞けるところがおもしろいと思います。
会費はとりません、各自が飲んだものを各自が払うというのが参加条件です。どなたでも参加できます。どうぞおいでください。
3、代田の空襲とダイダラボッチ

28日の文化サロンでおもしろい企画を話し合った。これには代田の空襲を調べている伊東光子さんが参加された。代田一丁目の笠原一守さんも。
空襲もダイダラボッチも代田の伝承として伝えていかなくてはならない。それで「代田の空襲とダイダラボッチ」をアピールする会を開いたらどうかと。
12月に守山地区会館でやってみようかと思うのである。
4,シモキタ愛が、あふれだす。
下北沢は、懐かしくて新しいまち。ローカルでグローバルなまち。そして、人が主役のサブカルのまち。「下北沢あっぱれストーリーズ」は、そんな下北沢を愛してやまない人たちや所縁のあるモノ・コトについて、ダンスドラマや音楽ライヴ、トークショーなど多彩なメニューで表現するステージフェスです。あなたの知らない物語と、あなたと共につくる物語で、明日のシモキタ愛を紡ぎます。
これは一般社団法人「あびラッキー」が主催するイベントだ。
10月12日(日) ステージ1=13:00/ステージ2=18:30/交流会=21:00
10月13日(月祝) ステージ3=13:00/ステージ4=18:30。
前列指定席 4,500円(税込)後列指定席 3,500円(税込)
これは「下北沢あっぱれストーリー」で検索すると予約サイトがヒットする。
きむらけんは、2日目に出演する。
5、町歩きの案内
毎月、皆が楽しめる町歩きを行っています。公募して希望者が4名集まったら成立します。雨天の場合は中止です。希望コースも募集しています。
第210回 代沢の戦争逸話物語を歩く 案内人 きむらけん
日時 10月18日(土)13時00分 池ノ上駅改札集合
代沢地区に残る戦争逸話痕跡を歩く・駅→海外植民学校跡→半藤一利旧居→杉山元帥旧居跡→東条英機旧居跡→横光利一旧居跡→佐藤首相旧居跡→東郷青児・宇野千代旧居→北沢八幡神社(大東亜戦争碑)などを歩く。(一帯は、高級住宅地『清風園跡』)
終了後 代沢地区会館 第1会議室にてまとめの会 17時まで
第211回 次太夫堀を歩く〜二子から丸子へ〜
日時 11月15日(土)13時30分 東急田園都市線二子玉川駅改札前集合
案内者 木村康伸
概要:世田谷区内を流れる次大夫堀(丸子川)に沿って歩き、この地域の知られざる歴史をたどる。
コース:二子玉川駅→上野毛自然公園→六所神社・善養寺→谷沢川合流点→宇佐神社・伝乗寺→田園調布八幡神社・照善寺→多摩川台公園→多摩川駅
*この行事せたがや広報に掲出を依頼する。
◎申し込み方法、参加希望(開催の一週間前までに申し込む)費用については 資料代含めて500円 町歩きの参加申し込みは、連絡幹事のきむらけんにメールで申し込む 宛先メルアド:k-tetudo@m09.itscom.net (211回は 600円)
■ 編集後記
▲毎回、エッセイや論考を募集しています。ぜひご投稿ください。
▲会報のメール配信について 会報は会員と協賛社のみの配信とする。年会費1200円は、我らの活動を支える費用である。会の運営、また文学碑の保守などに会費は活用している。
会費については、事務局の『邪宗門』で支払うことができる。会費は、年1200円(会計年度1月から12月までです)会費は。会費は銀行振り込みもできます。芝信用金庫代沢支店「北沢川文化遺産保存の会」代表:作道明。店番号022。口座番号9985506
会費未納の方は、会費をよろしくお願いします。なお、会報については紙印刷を希望される方には郵送している。こちらは郵送費がかかるので1500円を徴収している。
▲町歩き情報に特化したメールを配信している。配信希望はk-tetudo@m09.itscom.net へ。
◎当会への連絡、問い合わせ、感想などは、編集・発行者の きむらけんへ。
下北沢X物語(5266)―北沢川文化遺産保存の会会報231号―
1、下北沢は詩人のまち きむらけん
2、文化サロン開催のご案内
期日は11月1日(日)14時から 邪宗門にて
3、代田の空襲とダイダラボッチ
4、シモキタ愛が、あふれだす。
5、町歩きの案内
第210回 代沢の戦争逸話物語を歩く 案内人 きむらけん
日時 10月18日(土)13時00分 池ノ上駅改札集合
代沢地区に残る戦争逸話痕跡を歩く・駅→海外植民学校跡→半藤一利旧居→杉山元帥旧居跡→東条英機旧居跡→横光利一旧居跡→佐藤首相旧居跡→東郷青児・宇野千代旧居→北沢八幡神社(大東亜戦争碑)などを歩く。(一帯は、高級住宅地『清風園跡』)
終了後 代沢地区会館 第1会議室にてまとめの会 17時まで
■ 編集後記



















